しばらく仕事で地方に住んでいて、5年ぶりに東京に帰ってきました。生まれて育った土地ですが、東京という街は、5年も留守にすると、まるで別の土地に迷い込んだようです。卒業した小学校は高齢者向け施設に、駅前の喫茶店はコンビニに、広い庭のあった古い家はマンションに、商店街からも肉屋さんや魚屋さんが姿を消し、新しいスーパーが二つできました。たしかに、以前よりずっと便利です。駅が地下になって、上は公園です。車がすれ違うのがやっとだった道も広くなりました。でも、私はなくなってしまった鶏肉専門の肉屋さんの焼き鳥(注)の味がなつかしいです。肉屋のおばさんの笑顔にも、もう会えません。
(注)焼き鳥:鶏肉を小さく切ってくしに刺し、しょうゆや塩などで味をつけて焼いたもの。
人と人は、おたがいの関係によってちょうどよい距離を取っています。それが同じ文化的背景を持った人ではあまり問題にならないのですが、異文化の場合、心理的な障害(注)になることがあります。どの文化でも初対面の人同士では、親しい人より距離を取る傾向があります。それでも、もともと相手と遠めに距離を取る文化に属する人Aが、より近づくことで親しさを示そうとする文化に属する人Bと対面したとき、相手との距離が十分でないと不快に感じます。Bは近づこうとすると相手が離れるため、やはり不快に感じます。
(注)障害:じゃまになるもの
40年くらい前のことです。結婚してすぐ、引っ越してきた人のための市民講座(注)に参加しました。その日のテーマは「捨てられないもの」でした。最初に、一人の中年の主婦が「手紙と写真」と答えました。ほとんどの人がうなずきました。順番が来て、私が「何もないです」と言ったら、驚かれました。でも、私は夫の住む土地で新しい生活を始めたばかりで、手紙は読み終わったら捨てましたし、カメラがないので写真もありませんでした。それが今は「捨てられないもの」がいろいろあります。「手紙と写真」もそうです。今の私は、孫が3人いるおばあちゃんで、娘に「古いものはもう整理してよ」と言われています。
(注)市民講座:市が住民に生活に役立つ情報や、学習の機会を提供するもの
医療の現場では、とりあえず15歳以下を子どもとして扱い、小児科(注1)の診察対象としている。おおざっぱに、中学生まではまだ子どもということだ。内科医だったぼくの経験から言えば、中学生はたしかに子どもだと思う(いろんな意味で)が、こと病気に関するかぎり、ほとんど内科的な考え方で診療できる。小学生も、高学年ならなんとかなる。低学年も、やや苦しいところはあるが、まあ、なんとかなる。お手上げなのは乳児(生後(注2)一年未満の赤ん坊)だ。これは恐くて手が出せない。
(注1)小児科:15歳以下の子供の病気を専門にあつかう医療
(注2)生後:生まれた後
永井明「もしも病気になったなら」(岩波書店)
ある有名な野球監督が、現役中(注1)、少なくともゲーム中には、実に無表情で誰に対してもニコリともしないということで、有名だったそうです。それが引退してから、ある新聞記者の問いに答えて、ある人間に笑顔を見せたということになると、その人には親しみを持っているけれども、他の人間にはそうではないということの表示になる、だから自分は、現役のあいだは、選手の個々と常に全部同じ距離を持っているということを示すために、表情を変えなかったんだということを言ったそうです。これは管理という行為を見事にあらわしているエピソード(注2)だと思いますが、人と人とがふれ合って理解していくことを殺す作業であることははっきりしています。そこでは部下の「性格」理解は支配し操作する技術の一部となる。そればかりか、管理のための行為のくり返しが、管理者の性格を限定し作り出していく。
(注1)現役中:仕事をしている間
(注2)エピソード:話
朗らかにふるまっている自分の外づら(注1)とちがって、内づら(注2)では死ということを常に考えている証拠に、死についての夢をよく見ます。このごろはどうしてだか新幹線に乗る夢をよく見ます。私は死という駅へ行く新幹線の切符を買っているんですが、この切符を持って改札口を通ったら、もう「こっちへは戻れません」と書いた立て札があるのに、うっかり改札口を通ってしまって、「あっ、この汽車であっちへ行っちゃうのか」と思うんですね。その時の気持ちは何ともいえませんよ。
(注1)外づら:他人に対する態度
(注2)内づら:自分の心の中
私たちが口にする食物の大部分は多くの水を含んで成り立っています。したがって、食物を食べることは同時に水をかなり体内に取り入れているわけです。もし、食物から水分を取り除いてしまうと、多量に水分を含んでいる食物ほど、その形を保てなくなります。
また、食物の水分は形態保持(※)だけではなく、その食物の味覚の保持にも役立っているわけで、日時がかなり経過して水分が減少した食物がまずくなってしまった経験があるでしょう。普段それほど意識しない食物の水分が私たちの体に重要な役割を果たしているのです。
(注)保持:ある状態を変えないで続けること
同じ距離を電車に乗って通勤していても、電車に乗っている時間を、長いと感じる時と、「あれっ、もう着いたのか」と思うほど短く感じる時とがある。では、その差はどこにあるのだろうか。一言で言うなら、「( )」ではないか。雑誌や本を一生懸命になって読んでいたり、考えごとに没入(注)しているような時には、時間はあっという間に過ぎてしまう。ところが、手持ち無沙汰で、何もすることもなく、考えることもないような時には、いつまでたっても、目的地に着かないような気がする。座っていても腰が痛くなってくる。
(注)没入:すっかり入りこむこと
教育者というのは、別に学校の教師に限らない。会社員の中にも、教育者としてのアイデンティティを持っている人はいる。街で子どもたちを集めてサッカースクールをやったり、剣道の教室をやったり、ピアノを教えたりという人は、たくさんいるだろう。
その中には小遣い稼ぎだと思ってやる人もいるかもしれないが、多くの人は、子どもたちに何か大切なことを伝えたい、という思いをもってやっている。そういう人のアイデンティティは、教育者ということになる。
(注)アイデンティティ:他と区別する自分らしさ。
顔は、生きるためだけではなくて、ほかにもいろいろな役割をもっています。その一つは、その人を識別するための手がかりとしての役割です。顔を見れば、その人が男であるか、女であるか、何歳ぐらいであるか、ということがだいたい見当がつきます。中には見当がつかない人もいますが、要するに一種の「証明書としての役割」を顔は担っているのです。知っている人であれば、顔を見ればその人の名前もわかるでしょう。
相手が何者かよくわからない社会では、無視黙殺するほど危険なことはない。見知らぬ他人というのは、潜在的な敵(注1)である。そう思えば、相手を敵にまわさないためには親しくなるしかない。だから初対面の相手とはせわしなく(注2)言葉を交わし、「わたしはあなたに敵意はないよ」「だからあなたもわたしに敵意のないことを示してくれない?」とメッセージを送る。あかの他人というものから成り立っている社会では、そういうコミュニケーションの作法が発達するのだろう。
(注1)潜在的な敵:敵になる可能性のある人
(注2)せわしなく:落ち着かない様子で
書き込みに関して、注意すべきことをいくつか挙げておきます。
一つは、美しく線を引いたり、きれいに記号をつけたりすることに気を取られないでほしい、ということです。
色つきのボールペンや蛍光ペンなどを使って、本や資料に、きれいに線を引いたり、書き込みをいれたりしている人を見かけますが、こういう人に限って、内容は頭に入っていないものです。
あくまでも大事なのは、文章を素早く正しく理解することです。書き込みはフリーハンド(※1)でスピーディーにできればよいのです。あとで自分が読み直したときに理解できればよいのですから、それ以上の丁寧さはムダ以外の何物でもありません。
(※1)フリーハンド:定規などの器具を使わないで書くこと
花屋に並んでいる美しい花は、私たちの目を楽しませてくれますが、道端に咲く雑草はどうでしょう。人の目を楽しませることができない無用なものなのでしょうか。
田んぼなどの土手(※1)に生えている雑草は、見た目は地味でも力強く根を張って土をつかみ、土手が崩れないようにしています。観賞用にもならないと言って、雑草を取り除いてしまったら、土手は崩れやすくなり、田んぼの保水力も弱まってしまいます。
植物が有用かどうかは、見た目からはわからないのではないでしょうか。
(※1)土手:川や田を囲うために、土を盛り上げてあるところ
青葉市ホームページ
避難準備情報
こちらは、青葉市災害対策本部です。
昨晩からの集中豪雨により、桜川の水位が上昇し、浸水のおそれがあります。
このため、桜台地区に対して、11時20分に避難準備情報を出しました。
いつでも避難ができるよう、避難準備を始めてください。
また、近隣の方にもできるだけ声をかけてください。
◎お年寄りの方など、避難に時間がかかる方は、直ちに桜台小学校に避難してください。
なお、桜川街道は現在通行止めです。桜台小学校へは、車は使わず徒歩で、朝日町方面に迂回(※1)して移動してください。

青葉市 災害対策本部
1234-5678
saigai@aoba.or.jp
(※1)迂回:ある所を避けて、遠まわりして行くこと
優れた短編小説の第一条件は、書き出しのよさにあるのではないでしょうか。この「羅生門」(※1)の書き出しも、忘れがたい魅力を放っています。古めかしい用語が多くて一見堅苦しいようですが、声に出して読んでみるとすんなり耳に入ってきます。決してややこしいことを表現しているわけではありません。一切の(※2)無駄を排し、研ぎ澄まされた(※3)最小限の言葉だけで、鮮やかな情景を浮かび上がらせています。文章はキラキラと装飾されているから美しいのではなく、むしろ飾りがないから美しいのだということをあらためて感じます。
(※1)羅生門:小説のタイトル
(※2)一切の:すべての
(※3)研ぎ澄まされた:よく磨かれた、不用なものがない
コロンブス、マゼラン、キャプテン・クックたちの活躍で、十七世紀には南太平洋も含めた地理的発見がおおむね(※1)終わり、地球の全容(※2)が完全とは言えないまでも、だいたい明らかになってきた。すると、人類は大きな問題を突きつけられた。
地球はどのようにして生まれたのか。地球上にはなぜこんなに多くの動植物が生存しているのか。地理的な発見が一段落したところで、探検家、冒険家たちの興味は、いままで見たことのない動植物の発見に向けられていった。
大きく言えば地球学、あるいは地理学などの探検・冒険に彼らは出向いていきはじめた。見知らぬ土地で出会った奇妙な動物を剥製にし、花や葉っぱは押し葉にして、博物館に持ち帰るための探検と冒険がはじまった。
(※1)おおむね:だいたい
(※2)全容:全体の様子
「100歳まで生きたかったら、何をしますか」という質問に、「長生きしている人に長寿(※1)の秘訣(※2)を聞く」と答える人がよくいます。では、100歳を超えた人が「毎食、みそ汁を飲む」と言ったら、それを信じて毎食みそ汁を飲みますか。
長生きの理由はみそ汁だけでしょうか。その人は、ただ長寿の家系に生まれただけかもしれません。現在のように医療の発達していない時代に、結核などの感染症にかからずに来られた、運のよい体質だったのかもしれません。もちろん、長寿の秘訣を聞くのもいいかもしれませんが、同じようにしていれば自分も長生きできると考えるのは、単純すぎるのではないでしょうか。
(※1)長寿:長生きすること
(※2)秘訣:人に知られていない、特別ないい方法
件名:「キッズエプロンA20」在庫切れのご連絡
中村様
3月30日付けの「キッズエプロンA20」5枚のご注文、誠にありがとうございました。
しかし、商品は現在在庫を切らしているため、大変申し訳ございませんが、今回のご注文をお受けできなくなってしまいました。
急いで製造元に確認いたしましたが、あいにく、製造元でも在庫を切らしており、ご注文の数を揃えることができませんでした。
今回ご注文の商品は1ヵ月後の4月30日には入荷(※1)予定ですので、よろしければ中村様のご注文分を優先的に(※2)確保(※3)いたしますが、いかがいたしましょうか。
ご一報いただければ幸いです。
株式会社円蔵 販売部
高木様
takagi@enzo.co.jp
(※1)入荷:商品が店などに入ること
(※2)優先的に:ほかの客より先に
(※3)確保:確実にとっておくこと
新しいことばが若い人びとの間で流行したとき、親や年輩の人びとはそのことばが通じないと軽いショックを受けます。ただ世代のギャップを感じたいというだけでなく、ことばが通じなくなるかもしれないという恐怖があるからで、時代の違いを感じとってしまうからです。なぜなら、ことばが通じることこそ、現代という共通の時代を生きている同時代人のあかし(※1)だからです。
(※1)あかし:確かであることを示すもの
深海魚の捕食行動には、その環境に適応した独特の様式が見られる。それは、彼らが、暗く、水温も低く、えさの量も少ないという悪条件に暮らしているからだ。
えさとなる生物を見つけたりおびきよせたりする(※1)ために、体の一部を発光させるのは、その代表的な方法だ。ほかにも、①積極的に泳いでえさを探すのではなく、待ち伏せ(※2)する方法もある。それは筋肉の量を減らし、必要以上に動かないでいれば、体力を使いすぎず、生存に有利になるからだ。そのうえ、目立たないようにじっとしていれば、えさを追い求めて動き回る天敵(※3)に会う危険もかなり減るのだ。
(※1)おびきよせたりする:だまして近くに来るようにしたりする
(※2)待ち伏せ:相手が来るのを隠れて待つこと
(※3)天敵:その生物を食べる他の生物
美容マガジン 5月号 特集①
腰痛改善ストレッチ
ストレッチは1日1回でもOK。初めはできる回数だけ行い、徐々に増やしていきましょう。
ひざ抱え
~背中から腰を伸ばすストレッチ~

まず、あお向け(※1)に寝て、両足をそろえてひざを立てます。両手で右ひざを抱え、胸のほうに引き寄せ、10秒間そのままにしてください。このとき、背中と床にすき間ができないようにしましょう。反対側も同様に行ってください。
次に、両手で両ひざを胸に抱え、体にぐっと近づけ、10秒間そのままにしてください。ポイントは、腰からお尻にかけての筋肉が伸びているのを意識することです。
(※1)あお向け:顔や体の前面が上を向いていること
もし将来、日本語を習得しない日本人が増えてきたら、日本語は滅び行く言語、危機言語への道を歩むことになる。二十一世紀には地球上のかなりの言語が失われるだろうと予測されている。言語の絶滅は、最後の話し手が死ぬことではない。その前に、使う話し相手がいなくなったときに、コミュニケーション手段としての機能は終わる。それ以前に、若い話し手がいなくなったときに、絶滅が予告されたことになる。
ビジネスでアポイント(※1)をとる際は、電話かメールで目的を伝え、日時や所要時間を相手の都合に合わせ決めます。訪問人数も告げます。メールをしてから電話するほうが親切です。候補日を何日か書いておくとスムーズでしょう。
(中略)
個人宅も、メールをしてから電話がよいでしょう。即答(※2)ではなく考える時間を与えることができるからです。嫌な場合は、相手は断る口実(※3)を考えられます。メールが分からなければ、手紙かはがきに「こういうことで伺いたいのですが、ご都合はいかがですか。〇〇ごろ電話でご連絡します」と書くと丁寧です。
(※1)アポイント:人と会ったり、会議をしたりするための約束や予約
(※2)即答:質問にすぐ答えること
(※3)口実:ごまかしたり言い訳をしたりするのに使う理由
筆者は、東京が変わっていくことをどう思っていますか。
Tác giả nghĩ như thế nào về việc Tokyo đang thay đổi?
1. 変わっても便利になっていくならいい。
Dù có thay đổi, miễn là ngày càng tiện lợi thì cũng tốt.
2. 住みやすい街に変わっていくならいい。
Nếu thay đổi để trở thành một thành phố dễ sống hơn thì cũng tốt.
3. 変わっていくのはしかたがないことだ。
Việc thay đổi là điều không thể tránh khỏi.
4. あまり変わってほしくないものもある。
Cũng có những thứ mà tác giả không muốn thay đổi quá nhiều.
Câu hỏi 「筆者は、東京が変わっていくことをどう思っていますか。」 hỏi suy nghĩ của tác giả về những thay đổi của Tokyo.
Tác giả thừa nhận thành phố đã trở nên thuận tiện hơn qua câu 「たしかに、以前よりずっと便利です。」, nghĩa là “Quả thực, nơi đây đã thuận tiện hơn trước rất nhiều”.
Tuy nhiên, từ 「でも」 cho thấy tác giả chuyển sang nói về cảm xúc tiếc nuối:
「私はなくなってしまった鶏肉専門の肉屋さんの焼き鳥の味がなつかしいです。肉屋のおばさんの笑顔にも、もう会えません。」
Tác giả nhớ hương vị yakitori của cửa hàng chuyên bán thịt gà đã không còn và cũng tiếc rằng không thể gặp lại nụ cười của người cô ở cửa hàng thịt nữa.
Như vậy, tác giả không phủ nhận những thay đổi đem lại sự tiện lợi, nhưng vẫn tiếc những địa điểm và con người quen thuộc đã biến mất. Điều này cho thấy có những thứ tác giả không muốn thay đổi quá nhiều.
→ Đáp án 4 đúng.
筆者によると、文化的な背景が異なる人々が初めて会ったとき、どんな問題がありますか。
Theo tác giả, khi những người có nền tảng văn hóa khác nhau gặp nhau lần đầu, có thể xảy ra vấn đề gì?
1. 相手とちょうどよい距離を取りやすいので、おたがいの印象がよくなる。
Vì dễ giữ khoảng cách vừa phải với đối phương nên hai bên sẽ có ấn tượng tốt về nhau.
2. 相手とちょうどよい距離を取りにくいので、おたがいの印象が悪くなる。
Vì khó giữ khoảng cách vừa phải với đối phương nên hai bên sẽ có ấn tượng không tốt về nhau.
3. もっと離れていたいのに、相手が近づこうとするので不快に感じる。
Dù muốn giữ khoảng cách xa hơn nhưng đối phương lại cố tiến lại gần nên cảm thấy khó chịu.
4. もっと近くにいたいのに、相手が離れようとするので不快に感じる。
Dù muốn ở gần hơn nhưng đối phương lại cố giữ khoảng cách nên cảm thấy khó chịu.
Câu hỏi 「文化的な背景が異なる人々が初めて会ったとき、どんな問題がありますか。」 hỏi vấn đề có thể xảy ra khi những người có nền tảng văn hóa khác nhau gặp nhau lần đầu.
Đoạn văn cho biết mỗi nền văn hóa có thể có quan niệm khác nhau về khoảng cách phù hợp giữa người với người.
Người A thuộc nền văn hóa có xu hướng giữ khoảng cách xa hơn, nên khi B đến quá gần, A cảm thấy khó chịu:
「相手との距離が十分でないと不快に感じます。」
Ngược lại, người B thuộc nền văn hóa thể hiện sự thân thiện bằng cách tiến lại gần. Khi B muốn đến gần nhưng A lại lùi ra xa, B cũng cảm thấy khó chịu:
「Bは近づこうとすると相手が離れるため、やはり不快に感じます。」
Như vậy, do khác biệt văn hóa, hai bên khó xác định được khoảng cách mà cả hai đều cảm thấy thoải mái, dẫn đến việc cả A và B đều có cảm giác không tốt về đối phương.
→ Đáp án 2 đúng.
Lưu ý: Đáp án 3 chỉ mô tả cảm giác của A, còn đáp án 4 chỉ mô tả cảm giác của B. Câu hỏi hỏi vấn đề xảy ra giữa những người có nền tảng văn hóa khác nhau nói chung, vì vậy đáp án 2 bao quát đầy đủ cả hai phía.
筆者は、なぜ「手紙と写真」が捨てられなくなったのですか。
Tại sao tác giả lại trở nên không thể vứt bỏ “thư từ và ảnh”?
1. 「手紙と写真」には、これまでのいろいろな思い出があるから。
Vì trong những bức thư và ảnh có chứa nhiều kỷ niệm của tác giả từ trước đến nay.
2. 「手紙と写真」には、これまでお金や時間がかかっているから。
Vì tác giả đã tốn nhiều tiền bạc và thời gian cho những bức thư và ảnh đó.
3. 「手紙と写真」は、孫がくれたり、孫が写っているものだから。
Vì đó là những bức thư do các cháu tặng hoặc những bức ảnh có các cháu trong đó.
4. 「手紙と写真」は、いつか必要になるかもしれないと思うから。
Vì tác giả nghĩ rằng những bức thư và ảnh đó có thể sẽ cần đến vào một lúc nào đó.
Câu hỏi 「筆者は、なぜ「手紙と写真」が捨てられなくなったのですか。」 hỏi tại sao hiện nay tác giả lại không thể vứt bỏ thư từ và ảnh, trong khi khoảng 40 năm trước bà từng nói mình không có thứ gì không thể vứt bỏ.
Khoảng 40 năm trước, tác giả vừa kết hôn và bắt đầu cuộc sống mới nên chưa có nhiều thứ gắn với quá khứ. Tác giả cho biết:
「手紙は読み終わったら捨てましたし、カメラがないので写真もありませんでした。」
Tức là thư đọc xong thì vứt đi, còn vì không có máy ảnh nên cũng không có ảnh.
Nhưng hiện tại, sau khoảng 40 năm, tác giả đã trở thành một người bà có ba người cháu và nói:
「それが今は『捨てられないもの』がいろいろあります。『手紙と写真』もそうです。」
Điều này cho thấy qua nhiều năm, tác giả đã có thêm nhiều trải nghiệm và kỷ niệm trong cuộc sống. Những bức thư và ảnh giờ đây gắn liền với những kỷ niệm đó nên trở thành những thứ khó vứt bỏ.
→ Đáp án 1 đúng.
Đáp án 3 dễ gây nhầm vì đoạn văn có nhắc đến việc tác giả hiện có ba người cháu, nhưng bài không nói rằng thư là do các cháu tặng hay ảnh đều là ảnh của các cháu. Chi tiết về các cháu chủ yếu cho thấy thời gian đã trôi qua và tác giả hiện đã lớn tuổi.
筆者は、内科医だった経験からこの文章を書いている。病気になったとき、内科ではなく、小児科に行かなければならないのはどんな子供ですか。
Tác giả viết bài này dựa trên kinh nghiệm từng là bác sĩ nội khoa. Theo tác giả, khi bị bệnh, trẻ ở độ tuổi nào cần phải đến khoa nhi thay vì khoa nội?
1. 乳児
Trẻ sơ sinh, trẻ dưới một tuổi.
2. 小学校低学年
Học sinh những lớp đầu cấp tiểu học.
3. 小学校高学年
Học sinh những lớp cuối cấp tiểu học.
4. 中学生
Học sinh trung học cơ sở.
Câu hỏi hỏi đối tượng trẻ em nào mà theo kinh nghiệm của tác giả, bác sĩ nội khoa khó có thể khám chữa và cần phải đến khoa nhi.
Tác giả cho biết đối với học sinh trung học cơ sở thì:
「ほとんど内科的な考え方で診療できる。」
→ Hầu như có thể khám chữa theo cách của nội khoa.
Đối với học sinh tiểu học lớp lớn, tác giả nói 「高学年ならなんとかなる」, tức là vẫn có thể xử lý được.
Ngay cả học sinh tiểu học lớp nhỏ, mặc dù khó hơn một chút, tác giả vẫn nói:
「やや苦しいところはあるが、まあ、なんとかなる。」
→ Tuy có phần hơi khó nhưng nhìn chung vẫn có thể xử lý được.
Ngược lại, đối với trẻ sơ sinh, tác giả nói rất rõ:
「お手上げなのは乳児(生後一年未満の赤ん坊)だ。これは恐くて手が出せない。」
「お手上げ」 mang nghĩa không thể xử lý được, đành bó tay; 「手が出せない」 ở đây có nghĩa là không dám tự mình khám chữa.
Vì vậy, trong bốn lựa chọn, trẻ sơ sinh dưới một tuổi là đối tượng mà tác giả cho rằng nên được khám ở khoa nhi thay vì khoa nội.
→ Đáp án 1 đúng.
筆者は、「管理」とはどういう作業だと言っていますか。
Tác giả cho rằng “quản lý” là một hoạt động như thế nào?
1. 管理する者が管理される者と人としてふれ合いながら、たがいを理解していくもの。
Là việc người quản lý tiếp xúc với người được quản lý trên phương diện con người và qua đó hai bên hiểu nhau hơn.
2. 管理する者が管理される者を支配し、操作するうちに管理者の性格も限定するもの。
Là việc người quản lý chi phối và điều khiển người được quản lý, đồng thời trong quá trình đó tính cách của chính người quản lý cũng bị giới hạn và định hình.
3. 管理する者が管理される者の性格をよく理解するための技術で、距離を縮めるもの。
Là kỹ thuật giúp người quản lý hiểu rõ tính cách của người được quản lý và thu hẹp khoảng cách với họ.
4. 管理する者が管理される者と、常に全部同じ距離を持っていることを示すためのもの。
Là việc nhằm thể hiện rằng người quản lý luôn giữ cùng một khoảng cách với tất cả những người được quản lý.
Câu hỏi 「筆者は、『管理』とはどういう作業だと言っていますか。」 hỏi tác giả cho rằng bản chất của hành vi “quản lý” là gì.
Đầu tiên, tác giả kể câu chuyện về một huấn luyện viên bóng chày luôn giữ vẻ mặt không biểu cảm với tất cả các cầu thủ. Vị huấn luyện viên làm như vậy để thể hiện rằng mình luôn giữ khoảng cách như nhau với từng người:
「選手の個々と常に全部同じ距離を持っているということを示すために、表情を変えなかった」
Tuy nhiên, đây chỉ là ví dụ để tác giả dẫn đến nhận xét về bản chất của 「管理」.
Tác giả nói:
「人と人とがふれ合って理解していくことを殺す作業であることははっきりしています。」
→ Tác giả cho rằng quản lý là một hoạt động làm mất đi quá trình con người tiếp xúc và thấu hiểu lẫn nhau.
Tiếp theo:
「そこでは部下の『性格』理解は支配し操作する技術の一部となる。」
→ Trong hoạt động quản lý, việc hiểu “tính cách” của cấp dưới trở thành một phần của kỹ thuật nhằm chi phối và điều khiển họ.
Cuối cùng, tác giả nhấn mạnh:
「管理のための行為のくり返しが、管理者の性格を限定し作り出していく。」
→ Việc lặp đi lặp lại những hành vi nhằm mục đích quản lý còn dần giới hạn và hình thành nên tính cách của chính người quản lý.
Như vậy, đáp án 2 thể hiện đầy đủ hai ý quan trọng: người quản lý chi phối, điều khiển người được quản lý, đồng thời chính những hành vi quản lý đó cũng tác động ngược lại và định hình tính cách của người quản lý.
→ Đáp án 2 đúng.
Đáp án 4 dễ gây nhầm vì 「常に全部同じ距離を持っている」 thực sự là điều vị huấn luyện viên muốn thể hiện. Tuy nhiên, đây chỉ là hành động cụ thể của vị huấn luyện viên trong câu chuyện minh họa, không phải kết luận của tác giả về bản chất của 「管理」.
1「こっち」、2「あっち」とあるのは、ここではそれぞれ何を意味していますか。
Trong đoạn văn, 1「こっち」 và 2「あっち」 lần lượt có nghĩa là gì?
1. 1 死の世界 2 生きている世界
1 Thế giới của cái chết 2 Thế giới của người đang sống.
2. 1 生きている世界 2 夢の世界
1 Thế giới của người đang sống 2 Thế giới trong giấc mơ.
3. 1 生きている世界 2 死の世界
1 Thế giới của người đang sống 2 Thế giới của cái chết.
4. 1 夢の世界 2 死の世界
1 Thế giới trong giấc mơ 2 Thế giới của cái chết.
Câu hỏi yêu cầu xác định 「こっち」 và 「あっち」 trong giấc mơ của tác giả lần lượt chỉ thế giới nào.
Tác giả kể rằng mình mua vé Shinkansen đi đến một nhà ga tượng trưng cho cái chết:
「私は死という駅へ行く新幹線の切符を買っている」
→ Tác giả đang cầm vé tàu Shinkansen đi đến “nhà ga mang tên cái chết”.
Sau khi đi qua cửa soát vé, tác giả nhìn thấy tấm biển:
「もう『こっちへは戻れません』」
→ “Không thể quay trở lại phía này nữa.”
Ở đây, tác giả vẫn đang trên hành trình đi từ sự sống đến cái chết. Vì vậy, 「こっち」 là nơi mình vừa rời khỏi, tức 「生きている世界」 – thế giới của người đang sống.
Sau đó, tác giả nghĩ:
「この汽車であっちへ行っちゃうのか」
→ “Vậy là mình sẽ đi sang phía bên kia bằng chuyến tàu này sao?”
Do chuyến tàu đang đi đến 「死という駅」, nên 「あっち」 chính là 「死の世界」 – thế giới của cái chết.
Vì vậy:
1「こっち」= 生きている世界
2「あっち」= 死の世界
→ Đáp án 3 đúng.
食物に含まれる水分の役割として、筆者が述べていないのはどれか。
Điều nào dưới đây không được tác giả đề cập là vai trò của lượng nước có trong thực phẩm?
1.食物の味を保つ
Giữ được hương vị của thực phẩm.
2.食物の形を保つ
Giữ được hình dạng của thực phẩm.
3.人の体の形を保持する
Duy trì hình dạng của cơ thể con người.
4.人の体内に水を取り入れる
Đưa nước vào bên trong cơ thể con người.
Tác giả trước hết nói rằng khi ăn thực phẩm, chúng ta đồng thời đưa một lượng nước đáng kể vào cơ thể:
「食物を食べることは同時に水をかなり体内に取り入れているわけです。」
→ Ăn thực phẩm đồng thời cũng có nghĩa là đưa một lượng nước đáng kể vào cơ thể.
Ngoài ra, nước còn giúp duy trì hình dạng của thực phẩm:
「食物から水分を取り除いてしまうと、多量に水分を含んでいる食物ほど、その形を保てなくなります。」
→ Nếu loại bỏ nước khỏi thực phẩm thì thực phẩm càng chứa nhiều nước càng khó giữ được hình dạng ban đầu.
Tác giả cũng nói:
「食物の水分は形態保持だけではなく、その食物の味覚の保持にも役立っている」
→ Nước trong thực phẩm không chỉ giúp duy trì hình dạng mà còn giúp duy trì hương vị của thực phẩm.
Như vậy, bài đã đề cập đến đưa nước vào cơ thể, giữ hình dạng thực phẩm và giữ hương vị thực phẩm. Hoàn toàn không có nội dung nào nói rằng nước trong thực phẩm có tác dụng duy trì hình dạng của cơ thể con người.
Đáp án 1 tương ứng với 「味覚の保持」– “duy trì hương vị”, nên đã được đề cập.
Đáp án 2 tương ứng với 「形態保持」– “duy trì hình dạng”, nên cũng đã được đề cập.
Đáp án 4 tương ứng trực tiếp với 「水をかなり体内に取り入れている」– “đưa một lượng nước đáng kể vào cơ thể”, nên cũng có trong bài.
Đáp án đúng: 3.人の体の形を保持する
「( )」に入る文として、最も適当なものはどれか。
Nội dung nào dưới đây thích hợp nhất để điền vào chỗ trống?
1.目的地が近いか遠いか
Điểm đến ở gần hay xa.
2.通勤時間が長いか短いか
Thời gian đi làm dài hay ngắn.
3.腰が痛くなってくるかこないか
Có bắt đầu bị đau lưng hay không.
4.何かに夢中になっているかいないか
Có đang mải mê, tập trung vào một việc gì đó hay không.
Tác giả đang giải thích tại sao cùng một quãng đường đi tàu, nhưng có lúc cảm thấy thời gian rất dài, có lúc lại cảm thấy ngắn đến mức nghĩ rằng “Ủa, đã đến rồi sao?”.
Ngay sau chỗ trống, tác giả đưa ra trường hợp:
「雑誌や本を一生懸命になって読んでいたり、考えごとに没入しているような時には、時間はあっという間に過ぎてしまう。」
→ Khi mải mê đọc tạp chí, sách hoặc chìm sâu vào suy nghĩ, thời gian trôi qua trong chớp mắt.
Ngược lại:
「手持ち無沙汰で、何もすることもなく、考えることもないような時には、いつまでたっても、目的地に着かないような気がする。」
→ Khi rảnh rỗi không biết làm gì, không có việc gì để làm hay suy nghĩ, người ta lại có cảm giác mãi vẫn chưa đến nơi.
Như vậy, sự khác biệt nằm ở việc 「何かに夢中になっているかいないか」– “có đang mải mê, tập trung vào một việc gì đó hay không”.
Đáp án 1 sai vì bài đã đặt điều kiện là 「同じ距離」– “cùng một quãng đường”, nên sự khác biệt không nằm ở khoảng cách đến điểm đến.
Đáp án 2 sai vì tác giả đang giải thích cảm giác thời gian dài hay ngắn, chứ không phải thời gian đi tàu trên thực tế dài hay ngắn.
Đáp án 3 sai vì 「腰が痛くなってくる」– “bắt đầu cảm thấy đau lưng” – chỉ là trạng thái xuất hiện khi cảm thấy thời gian trôi quá lâu, không phải nguyên nhân tạo ra sự khác biệt.
Đáp án đúng: 4.何かに夢中になっているかいないか
筆者の言う「そういう人」とは、たとえば、どのような人か。
→ 「そういう人」– “người như vậy” mà tác giả nói đến, chẳng hạn là người như thế nào?
1.学校の教師になるために勉強している大学生
→ Sinh viên đại học đang học để trở thành giáo viên ở trường.
2.大切なことを伝えたいと思ってピアノを教えている人
→ Người dạy piano với mong muốn truyền đạt những điều quan trọng cho người khác.
3.小遣いが欲しくてサッカースクールをやっている人
→ Người mở lớp bóng đá vì muốn kiếm thêm tiền tiêu vặt.
4.子どものころから剣道を続けている会社員
→ Nhân viên công ty đã tiếp tục luyện kiếm đạo từ khi còn nhỏ.
Tác giả cho rằng 「教育者」– “người làm công việc giáo dục” không chỉ giới hạn ở giáo viên trong trường học:
「教育者というのは、別に学校の教師に限らない。」
→ Người làm công việc giáo dục không nhất thiết chỉ là giáo viên ở trường học.
Tác giả đưa ra những ví dụ như mở lớp bóng đá, dạy kiếm đạo hoặc piano, rồi nhấn mạnh:
「多くの人は、子どもたちに何か大切なことを伝えたい、という思いをもってやっている。」
→ Nhiều người làm những việc đó với mong muốn truyền đạt một điều gì đó quan trọng cho trẻ em.
Vì vậy, 「そういう人」 chỉ những người dạy trẻ với mong muốn truyền đạt điều gì đó quan trọng, nên đáp án 2 phù hợp nhất.
Đáp án 1 sai vì chỉ đang học để trở thành giáo viên, không phải ví dụ mà tác giả nêu về người mang 「教育者としてのアイデンティティ」– “bản sắc/ý thức về bản thân với tư cách là một người làm giáo dục”.
Đáp án 3 sai vì 「小遣い稼ぎ」– “kiếm thêm tiền tiêu vặt” – được tác giả đặt đối lập với động cơ muốn truyền đạt điều quan trọng cho trẻ em.
Đáp án 4 sai vì việc một nhân viên công ty luyện kiếm đạo từ nhỏ không có nghĩa là người đó đang dạy trẻ hay muốn truyền đạt điều gì quan trọng cho trẻ.
Đáp án đúng: 2.大切なことを伝えたいと思ってピアノを教えている人
筆者がこの文章で最も言いたいことは、どのようなことか。
Điều tác giả muốn nói nhất trong bài viết này là gì?
1.顔は生きるためにあるのではなく、人を識別するという働きのためにある。
Khuôn mặt không phải tồn tại để phục vụ sự sống mà để thực hiện chức năng nhận diện con người.
2.顔は生きるためのほかに、個々の人を見分けるための働きももっている。
Ngoài những chức năng phục vụ sự sống, khuôn mặt còn có chức năng giúp phân biệt từng người.
3.顔は生きるためにあり、それぞれの人を見分けるという働きは重要ではない。
Khuôn mặt tồn tại để phục vụ sự sống, còn chức năng phân biệt từng người thì không quan trọng.
4.顔は性別、年齢を識別することよりも、生きるために重要な役割をもつ。
Khuôn mặt có vai trò quan trọng đối với sự sống hơn là đối với việc nhận biết giới tính và tuổi tác.
Ngay đầu bài, tác giả nêu rõ:
「顔は、生きるためだけではなくて、ほかにもいろいろな役割をもっています。」
→ Khuôn mặt không chỉ có vai trò phục vụ sự sống mà còn có nhiều vai trò khác.
Sau đó, tác giả tập trung vào một trong những vai trò đó:
「その一つは、その人を識別するための手がかりとしての役割です。」
→ Một trong số đó là vai trò làm căn cứ để nhận diện một người.
Tác giả còn gọi chức năng này là:
「一種の『証明書としての役割』を顔は担っている」
→ Khuôn mặt đảm nhận một dạng 「証明書としての役割」– “vai trò như một loại giấy chứng nhận nhận dạng”.
Vì vậy, đáp án 2 phù hợp nhất: ngoài vai trò phục vụ sự sống, khuôn mặt còn có chức năng giúp nhận diện và phân biệt từng người.
Đáp án 1 sai vì 「生きるためにあるのではなく」– “không phải để phục vụ sự sống” – phủ nhận vai trò mà tác giả vẫn thừa nhận. Bài nói 「生きるためだけではなくて」– “không chỉ để phục vụ sự sống”.
Đáp án 3 sai vì tác giả không hề nói chức năng nhận diện con người không quan trọng; ngược lại, đây chính là chức năng được tập trung giải thích trong bài.
Đáp án 4 sai vì bài không so sánh mức độ quan trọng giữa vai trò phục vụ sự sống và vai trò nhận biết giới tính, tuổi tác.
Đáp án đúng: 2.顔は生きるためのほかに、個々の人を見分けるための働きももっている。
なぜ、初対面の相手とはせわしなく言葉を交わすのか。
→ Tại sao người ta lại vội vã trao đổi lời nói với người mới gặp lần đầu?
1.初対面の相手への挨拶は、一般的な礼儀作法だから。
→ Vì chào hỏi người mới gặp lần đầu là phép lịch sự thông thường.
2.相手に強い敵意を持っていて、戦う必要があるから。
→ Vì có thái độ thù địch mạnh mẽ với đối phương và cần phải đối đầu với họ.
3.相手に自分が敵意のないことを知ってもらいたいから。
→ Vì muốn đối phương biết rằng mình không có ác ý hay thái độ thù địch với họ.
4.相手が敵意のない友好的な相手で、挨拶しやすいから。
→ Vì đối phương là người thân thiện, không có thái độ thù địch nên dễ chào hỏi.
Tác giả cho rằng một người hoàn toàn xa lạ có thể là:
「見知らぬ他人というのは、潜在的な敵である。」
→ Người xa lạ là 「潜在的な敵」– “người có khả năng trở thành kẻ thù”.
Vì vậy, để không biến đối phương thành kẻ thù:
「相手を敵にまわさないためには親しくなるしかない。」
→ Để không khiến đối phương trở thành kẻ thù, chỉ còn cách tạo quan hệ thân thiện với họ.
Do đó, khi mới gặp, người ta nhanh chóng trao đổi lời nói để gửi thông điệp:
「わたしはあなたに敵意はないよ」
→ “Tôi không có thái độ thù địch với bạn.”
Vì vậy, đáp án 3 phù hợp nhất: người ta trò chuyện với người mới gặp để cho đối phương biết rằng mình không có thái độ thù địch.
Đáp án 1 sai vì bài không giải thích hành động này đơn thuần là 「礼儀作法」– “phép lịch sự”, mà nhằm thể hiện rằng mình không có ý thù địch.
Đáp án 2 sai vì người nói muốn truyền đạt 「敵意はない」– “không có thái độ thù địch”, hoàn toàn ngược với nội dung đáp án.
Đáp án 4 sai vì người mới gặp chưa chắc đã là một người thân thiện. Chính vì chưa biết đối phương là người như thế nào và có thể là 「潜在的な敵」, nên mới cần giao tiếp để thể hiện thiện ý.
Đáp án đúng: 3.相手に自分が敵意のないことを知ってもらいたいから。
筆者の考えに合うものはどれか。
Điều nào sau đây phù hợp với quan điểm của tác giả?
1. 書き込みは雑にしてはいけない。
Không được ghi chú một cách cẩu thả.
2. 書き込みには集中力が必要だ。
Việc ghi chú đòi hỏi sự tập trung.
3. きれいな書き込みができる人は、文章もよく読める。
Những người có thể ghi chú đẹp cũng có thể đọc hiểu văn bản tốt.
4. 文章理解より書き込みに力を注いではいけない。
Không được dành nhiều công sức cho việc ghi chú hơn là việc đọc hiểu văn bản.
Tác giả cho rằng khi ghi chú vào sách hoặc tài liệu, điều quan trọng không phải là kẻ đường thẳng đẹp hay đánh dấu cẩn thận, mà là hiểu nội dung văn bản một cách nhanh chóng và chính xác.
Dẫn chứng trong bài:
「美しく線を引いたり、きれいに記号をつけたりすることに気を取られないでほしい」
Tác giả mong người đọc đừng quá chú tâm vào việc kẻ đường thẳng đẹp hay đánh dấu ký hiệu cho đẹp.
「こういう人に限って、内容は頭に入っていないものです。」
Chính những người như vậy lại thường không tiếp thu được nội dung.
「あくまでも大事なのは、文章を素早く正しく理解することです。」
Điều quan trọng nhất vẫn là hiểu văn bản một cách nhanh chóng và chính xác.
「それ以上の丁寧さはムダ以外の何物でもありません。」
Việc cẩn thận hơn mức cần thiết chẳng qua chỉ là lãng phí.
Như vậy, tác giả nhấn mạnh rằng việc ghi chú chỉ là phương tiện hỗ trợ đọc hiểu, không nên dành quá nhiều công sức để ghi chú đẹp mà sao nhãng việc hiểu nội dung.
→ Đáp án đúng: 4. 文章理解より書き込みに力を注いではいけない。
筆者は、「雑草」に対してどのような考えを持っているか。
Tác giả có quan điểm như thế nào về cỏ dại?
1. きれいな花と同様、人の目を楽しませることができる。
Giống như những bông hoa đẹp, cỏ dại cũng có thể làm vui mắt con người.
2. 田んぼの水を吸ってしまうので、取り除いたほうがいい。
Vì cỏ dại hút nước trong ruộng lúa nên tốt hơn hết là nên loại bỏ chúng.
3. 観賞用のために取り除いてしまうのはよくない。
Không nên loại bỏ cỏ dại để phục vụ mục đích làm cảnh.
4. なくてもよさそうに見えても、重要な役割がある。
Dù trông có vẻ như không có cũng chẳng sao, cỏ dại vẫn có vai trò quan trọng.
Tác giả cho rằng mặc dù cỏ dại không có vẻ ngoài đẹp mắt như những bông hoa được bày bán ở cửa hàng, nhưng chúng vẫn có những vai trò quan trọng mà con người không thể đánh giá chỉ qua vẻ bề ngoài.
Dẫn chứng trong bài:
「見た目は地味でも力強く根を張って土をつかみ、土手が崩れないようにしています。」
Mặc dù có vẻ ngoài giản dị, cỏ dại vẫn bám rễ mạnh mẽ, giữ chặt đất và giúp bờ đất không bị sạt lở.
「雑草を取り除いてしまったら、土手は崩れやすくなり、田んぼの保水力も弱まってしまいます。」
Nếu loại bỏ cỏ dại, bờ đất sẽ dễ bị sạt lở hơn và khả năng giữ nước của ruộng lúa cũng sẽ suy giảm.
「植物が有用かどうかは、見た目からはわからないのではないでしょうか。」
Chẳng phải chúng ta không thể biết một loài thực vật có hữu ích hay không chỉ qua vẻ bề ngoài hay sao?
Như vậy, tác giả muốn nhấn mạnh rằng cỏ dại tuy trông có vẻ không cần thiết nhưng thực tế lại đóng vai trò quan trọng trong việc giữ đất, bảo vệ bờ ruộng và duy trì khả năng giữ nước của ruộng lúa.
→ Đáp án đúng: 4. なくてもよさそうに見えても、重要な役割がある。
高齢者は、今からどうしなければならないか。
Người cao tuổi phải làm gì ngay từ bây giờ?
1. 桜川街道を通って、桜台小学校に避難する。
Đi qua đường Sakuragawa để sơ tán đến Trường Tiểu học Sakuradai.
2. 朝日町方面を通って、桜台小学校に避難する。
Đi qua hướng Asahimachi để sơ tán đến Trường Tiểu học Sakuradai.
3. 近所の人と一緒に、避難準備をする。
Cùng những người hàng xóm chuẩn bị sơ tán.
4. 避難準備をしてから、市の災害対策本部に問い合わせる。
Sau khi chuẩn bị sơ tán, liên hệ với Ban Chỉ huy Phòng chống Thiên tai của thành phố.
Bài đọc là thông báo về nguy cơ ngập lụt do mưa lớn. Thành phố yêu cầu người dân chuẩn bị sơ tán, nhưng riêng người cao tuổi và những người cần nhiều thời gian để di chuyển phải sơ tán ngay lập tức.
Dẫn chứng trong bài:
「お年寄りの方など、避難に時間がかかる方は、直ちに桜台小学校に避難してください。」
Những người cao tuổi và những người cần nhiều thời gian để sơ tán phải lập tức đến Trường Tiểu học Sakuradai.
「桜川街道は現在通行止めです。」
Đường Sakuragawa hiện đang bị cấm lưu thông.
「桜台小学校へは、車は使わず徒歩で、朝日町方面に迂回して移動してください。」
Khi đến Trường Tiểu học Sakuradai, hãy đi bộ, không sử dụng ô tô và đi đường vòng qua hướng Asahimachi.
Như vậy, người cao tuổi phải lập tức sơ tán đến Trường Tiểu học Sakuradai. Do đường Sakuragawa đang bị phong tỏa nên họ phải đi bộ theo hướng Asahimachi.
→ Đáp án đúng: 2. 朝日町方面を通って、桜台小学校に避難する。
筆者は、どんな文章が魅力的だと言っているか。
Theo tác giả, loại văn bản nào có sức hấp dẫn?
1. 余計な装飾がない文章
Văn bản không có những sự tô điểm thừa thãi.
2. 風景が目に浮かぶような文章
Văn bản khiến phong cảnh hiện lên rõ ràng trước mắt người đọc.
3. 声に出して読みやすい文章
Văn bản dễ đọc thành tiếng.
4. わかりやすく親しみやすい文章
Văn bản dễ hiểu và gần gũi với người đọc.
Tác giả đánh giá cao phần mở đầu của tiểu thuyết ngắn 「羅生門」 vì cách sử dụng ngôn từ được chọn lọc kỹ lưỡng, loại bỏ những yếu tố không cần thiết mà vẫn tạo nên sức hấp dẫn cho người đọc.
Dẫn chứng trong bài:
「一切の無駄を排し、研ぎ澄まされた最小限の言葉だけで、鮮やかな情景を浮かび上がらせています。」
Bằng cách loại bỏ hoàn toàn những yếu tố thừa thãi và chỉ sử dụng số lượng từ ngữ tối thiểu đã được trau chuốt kỹ lưỡng, tác phẩm vẫn làm hiện lên những khung cảnh sống động.
「文章はキラキラと装飾されているから美しいのではなく、むしろ飾りがないから美しいのだということをあらためて感じます。」
Tôi một lần nữa cảm nhận được rằng văn chương đẹp không phải vì được tô điểm lộng lẫy, mà ngược lại, chính vì không có những sự trang trí cầu kỳ nên mới đẹp.
Như vậy, tác giả nhấn mạnh rằng vẻ đẹp và sức hấp dẫn của văn chương không nằm ở việc sử dụng nhiều từ ngữ hoa mỹ hay trang trí cầu kỳ, mà ở cách diễn đạt tinh giản, loại bỏ những yếu tố thừa thãi.
Mặc dù tác giả cũng đề cập đến khả năng gợi lên khung cảnh sống động và sự dễ dàng khi đọc thành tiếng, nhưng đây chỉ là những đặc điểm của đoạn mở đầu được giới thiệu, không phải quan điểm chính mà tác giả muốn nhấn mạnh.
→ Đáp án đúng: 1. 余計な装飾がない文章
筆者は、探検家や冒険家たちの興味はどんなことに変わっていったと言っているか。
Theo tác giả, mối quan tâm của các nhà thám hiểm và những người phiêu lưu đã chuyển sang điều gì?
1. 地球の大きさを測ること
Đo kích thước của Trái Đất.
2. 行ったことのない土地を見つけること
Tìm kiếm những vùng đất chưa từng đặt chân đến.
3. 未知の生きものを見つけること
Tìm kiếm những sinh vật chưa từng được biết đến.
4. 世界中に立派な博物館をつくること
Xây dựng những bảo tàng quy mô lớn trên khắp thế giới.
Tác giả cho biết rằng sau khi những cuộc khám phá địa lý về cơ bản đã hoàn thành và hình dạng tổng thể của Trái Đất dần được làm sáng tỏ, mối quan tâm của các nhà thám hiểm và những người phiêu lưu đã chuyển từ việc khám phá các vùng đất sang tìm kiếm những loài sinh vật chưa từng được biết đến.
Dẫn chứng trong bài:
「地理的な発見が一段落したところで、探検家、冒険家たちの興味は、いままで見たことのない動植物の発見に向けられていった。」
Khi những cuộc khám phá địa lý đã tạm hoàn tất, mối quan tâm của các nhà thám hiểm và những người phiêu lưu bắt đầu hướng đến việc phát hiện những loài động thực vật mà họ chưa từng nhìn thấy.
「見知らぬ土地で出会った奇妙な動物を剥製にし、花や葉っぱは押し葉にして、博物館に持ち帰るための探検と冒険がはじまった。」
Những cuộc thám hiểm và phiêu lưu nhằm thu thập các loài động vật kỳ lạ để làm tiêu bản, ép khô hoa và lá cây rồi mang về bảo tàng đã bắt đầu.
Như vậy, mục tiêu khám phá đã chuyển từ việc tìm kiếm những vùng đất mới sang việc phát hiện và thu thập những loài động thực vật chưa từng được biết đến.
→ Đáp án đúng: 3. 未知の生きものを見つけること
筆者がここで最も言いたいことは何か。
Điều tác giả muốn nhấn mạnh nhất ở đây là gì?
1. 長生きしたければ、100歳を超えた人を見習って、同じような生活をするとよい。
Nếu muốn sống lâu, nên noi theo những người trên 100 tuổi và duy trì lối sống giống họ.
2. 長生きすれば豊かな人生を送れるというものではない。
Không phải cứ sống lâu là có thể có một cuộc sống phong phú và ý nghĩa.
3. 長生きするには食生活の改善だけではだめで、医療の助けも必要だ。
Để sống lâu, chỉ cải thiện chế độ ăn uống là chưa đủ mà còn cần đến sự hỗ trợ của y tế.
4. 長生きできるかどうかには、生活習慣だけではなく、体質も関係している。
Việc có thể sống lâu hay không không chỉ liên quan đến thói quen sinh hoạt mà còn phụ thuộc vào thể chất của mỗi người.
Tác giả cho rằng không thể đơn giản kết luận rằng một người sống lâu là nhờ một thói quen sinh hoạt cụ thể, chẳng hạn như uống súp miso trong mỗi bữa ăn. Tuổi thọ còn có thể chịu ảnh hưởng của những yếu tố khác như di truyền, thể chất và khả năng tránh mắc bệnh.
Dẫn chứng trong bài:
「長生きの理由はみそ汁だけでしょうか。」
Chẳng lẽ lý do sống lâu chỉ là nhờ súp miso thôi sao?
「その人は、ただ長寿の家系に生まれただけかもしれません。」
Có thể người đó đơn giản chỉ được sinh ra trong một gia đình có truyền thống sống thọ.
「現在のように医療の発達していない時代に、結核などの感染症にかからずに来られた、運のよい体質だったのかもしれません。」
Có thể người đó vốn có thể chất may mắn, giúp họ không mắc các bệnh truyền nhiễm như bệnh lao trong thời kỳ y học chưa phát triển như hiện nay.
「同じようにしていれば自分も長生きできると考えるのは、単純すぎるのではないでしょうか。」
Chẳng phải việc cho rằng chỉ cần làm giống người sống thọ thì bản thân cũng sẽ sống lâu là một cách suy nghĩ quá đơn giản hay sao?
Như vậy, tác giả muốn nhấn mạnh rằng tuổi thọ không chỉ phụ thuộc vào thói quen sinh hoạt mà còn liên quan đến những yếu tố như di truyền và thể chất. Vì vậy, không thể cho rằng chỉ cần bắt chước lối sống của người sống thọ thì bản thân cũng sẽ sống lâu.
→ Đáp án đúng: 4. 長生きできるかどうかには、生活習慣だけではなく、体質も関係している。
このメールが最も伝えたいことは何か。
Điều mà email này muốn truyền đạt nhất là gì?
1. 今回の注文に応じられないこと
Không thể đáp ứng đơn đặt hàng lần này.
2. 今後も注文してほしいこと
Mong khách hàng tiếp tục đặt hàng trong tương lai.
3. 在庫が少ししかないこと
Số lượng hàng tồn kho chỉ còn rất ít.
4. 日頃から感謝していること
Bày tỏ lòng biết ơn đối với khách hàng vì sự ủng hộ thường xuyên.
Email được gửi từ bộ phận bán hàng đến khách hàng để thông báo rằng sản phẩm đã đặt hiện đang hết hàng, nên công ty không thể đáp ứng đơn đặt hàng lần này.
Dẫn chứng trong bài:
「商品は現在在庫を切らしているため、大変申し訳ございませんが、今回のご注文をお受けできなくなってしまいました。」
Do sản phẩm hiện đang hết hàng nên công ty rất xin lỗi vì không thể tiếp nhận đơn đặt hàng lần này.
「製造元でも在庫を切らしており、ご注文の数を揃えることができませんでした。」
Ngay cả nhà sản xuất cũng đã hết hàng nên không thể chuẩn bị đủ số lượng sản phẩm theo đơn đặt hàng.
Ngoài ra, công ty cũng đề xuất một phương án thay thế:
「今回ご注文の商品は1ヵ月後の4月30日には入荷予定ですので、よろしければ中村様のご注文分を優先的に確保いたします」
Sản phẩm dự kiến sẽ được nhập về vào ngày 30 tháng 4, tức một tháng sau. Nếu khách hàng đồng ý, công ty sẽ ưu tiên giữ lại số lượng hàng đã đặt.
Như vậy, mục đích chính của email là thông báo không thể đáp ứng đơn hàng hiện tại vì hết hàng. Việc đề xuất giữ hàng cho đợt nhập tiếp theo chỉ là phương án bổ sung.
→ Đáp án đúng: 1. 今回の注文に応じられないこと
筆者は、年輩の人が新しいことばの流行にショックを受けるのはなぜだと言っているか。
Theo tác giả, tại sao những người lớn tuổi lại cảm thấy sốc khi những từ ngữ mới trở nên thịnh hành?
1. 意味のわからないことばを聞くことは不安だから。
Vì họ cảm thấy bất an khi nghe những từ ngữ mà mình không hiểu nghĩa.
2. 若い人と同じ時代に生きていないように感じるから。
Vì họ có cảm giác như mình không còn sống trong cùng một thời đại với những người trẻ tuổi.
3. 世代のギャップがないほうがいいと思っているから。
Vì họ cho rằng không có khoảng cách thế hệ thì tốt hơn.
4. 時代の流行がわからないことが怖いから。
Vì họ sợ việc không hiểu được những xu hướng thịnh hành của thời đại.
Tác giả cho rằng khi những từ ngữ mới trở nên phổ biến trong giới trẻ, người lớn tuổi cảm thấy sốc không đơn thuần vì không hiểu nghĩa của chúng, mà vì họ cảm nhận được khoảng cách về thời đại giữa bản thân và thế hệ trẻ.
Dẫn chứng trong bài:
「ことばが通じなくなるかもしれないという恐怖があるからで、時代の違いを感じとってしまうからです。」
Bởi vì họ cảm thấy sợ rằng có thể sẽ không còn hiểu được ngôn ngữ của nhau, từ đó nhận ra sự khác biệt về thời đại.
「ことばが通じることこそ、現代という共通の時代を生きている同時代人のあかしだからです。」
Chính việc có thể hiểu được ngôn ngữ của nhau là minh chứng cho thấy mọi người đang cùng sống trong một thời đại chung, tức thời đại hiện tại.
Như vậy, tác giả nhấn mạnh rằng ngôn ngữ là dấu hiệu thể hiện sự gắn kết giữa những người cùng thời đại. Khi không hiểu được ngôn ngữ của giới trẻ, người lớn tuổi có cảm giác như mình không còn thuộc về cùng một thời đại với họ.
→ Đáp án đúng: 2. 若い人と同じ時代に生きていないように感じるから。
積極的に泳いでえさを探すのではなく、待ち伏せするのはなぜか。
Tại sao cá biển sâu lại chọn cách phục kích thay vì chủ động bơi đi tìm thức ăn?
1. あまり動き回ると、えさとなる魚に気づかれてしまうから。
Vì nếu di chuyển quá nhiều, chúng sẽ bị những con cá là con mồi phát hiện.
2. 暗い深海では目がよく見えず、危険にあいやすいから。
Vì ở vùng biển sâu tối tăm, chúng không thể nhìn rõ nên dễ gặp nguy hiểm.
3. 骨や筋肉の量が減り、あまり長く泳ぐことができないから。
Vì lượng xương và cơ bắp giảm đi nên chúng không thể bơi trong thời gian dài.
4. エネルギーが節約でき、他の魚に食べられる可能性も低くなるから。
Vì chúng có thể tiết kiệm năng lượng và giảm nguy cơ bị những loài cá khác ăn thịt.
Tác giả cho biết cá biển sâu sống trong môi trường khắc nghiệt, nơi có rất ít thức ăn. Vì vậy, một số loài đã thích nghi bằng cách phục kích con mồi thay vì liên tục bơi đi tìm kiếm thức ăn.
Dẫn chứng trong bài:
「それは筋肉の量を減らし、必要以上に動かないでいれば、体力を使いすぎず、生存に有利になるからだ。」
Bởi vì nếu giảm lượng cơ bắp và không di chuyển nhiều hơn mức cần thiết, chúng sẽ không tiêu hao quá nhiều sức lực, từ đó có lợi cho việc sinh tồn.
「目立たないようにじっとしていれば、えさを追い求めて動き回る天敵に会う危険もかなり減るのだ。」
Nếu nằm yên để tránh bị chú ý, nguy cơ gặp phải những kẻ săn mồi đang di chuyển khắp nơi để tìm kiếm thức ăn cũng giảm đi đáng kể.
Như vậy, phương pháp phục kích mang lại hai lợi ích chính cho cá biển sâu: tiết kiệm năng lượng do hạn chế vận động và giảm nguy cơ bị những loài săn mồi khác phát hiện, ăn thịt.
→ Đáp án đúng: 4. エネルギーが節約でき、他の魚に食べられる可能性も低くなるから。
ひざを抱える順番はどうなるか。
Thứ tự ôm đầu gối khi thực hiện bài tập là như thế nào?
1. 両ひざ ⇒ 右ひざ ⇒ 両ひざ
Cả hai đầu gối → Đầu gối phải → Cả hai đầu gối.
2. 右ひざ ⇒ 両ひざ ⇒ 左ひざ
Đầu gối phải → Cả hai đầu gối → Đầu gối trái.
3. 右ひざ ⇒ 左ひざ ⇒ 両ひざ
Đầu gối phải → Đầu gối trái → Cả hai đầu gối.
4. 両ひざ ⇒ 右ひざ ⇒ 左ひざ
Cả hai đầu gối → Đầu gối phải → Đầu gối trái.
Bài đọc hướng dẫn thực hiện động tác kéo giãn cơ lưng và thắt lưng bằng cách ôm đầu gối. Để xác định thứ tự chính xác, cần chú ý các chỉ dẫn về từng bước thực hiện.
Dẫn chứng trong bài:
「両手で右ひざを抱え、胸のほうに引き寄せ、10秒間そのままにしてください。」
Dùng cả hai tay ôm đầu gối phải, kéo về phía ngực và giữ nguyên tư thế trong 10 giây.
「反対側も同様に行ってください。」
Thực hiện tương tự với bên còn lại, tức là đầu gối trái.
「次に、両手で両ひざを胸に抱え、体にぐっと近づけ、10秒間そのままにしてください。」
Tiếp theo, dùng cả hai tay ôm cả hai đầu gối về phía ngực, kéo sát vào cơ thể và giữ nguyên tư thế trong 10 giây.
Như vậy, thứ tự thực hiện bài tập là ôm đầu gối phải trước, sau đó chuyển sang đầu gối trái và cuối cùng là ôm cả hai đầu gối cùng lúc.
→ Đáp án đúng: 3. 右ひざ ⇒ 左ひざ ⇒ 両ひざ
筆者は、言語が絶滅するときはどんなときだと言っているか。
Theo tác giả, khi nào một ngôn ngữ được xem là đang đi đến sự tuyệt chủng?
1. その言語の話し手が一人もいなくなったとき
Khi không còn bất kỳ người nào nói ngôn ngữ đó.
2. その言語を使う人が年寄りばかりになったとき
Khi những người sử dụng ngôn ngữ đó chỉ còn toàn là người lớn tuổi.
3. その言語で話す相手がまったくいなくなったとき
Khi hoàn toàn không còn ai để giao tiếp bằng ngôn ngữ đó.
4. その言語の話し手が若者ばかりになったとき
Khi những người nói ngôn ngữ đó chỉ toàn là người trẻ tuổi.
Tác giả cho rằng sự tuyệt chủng của một ngôn ngữ không bắt đầu khi người nói cuối cùng qua đời, mà dấu hiệu ngôn ngữ đó có nguy cơ tuyệt chủng đã xuất hiện từ trước, khi không còn thế hệ trẻ sử dụng ngôn ngữ ấy.
Dẫn chứng trong bài:
「言語の絶滅は、最後の話し手が死ぬことではない。」
Sự tuyệt chủng của một ngôn ngữ không phải là khi người nói cuối cùng qua đời.
「その前に、使う話し相手がいなくなったときに、コミュニケーション手段としての機能は終わる。」
Trước thời điểm đó, khi không còn người để giao tiếp bằng ngôn ngữ ấy, chức năng của nó với tư cách là một phương tiện giao tiếp sẽ chấm dứt.
「それ以前に、若い話し手がいなくなったときに、絶滅が予告されたことになる。」
Thậm chí trước đó nữa, khi không còn những người trẻ tuổi sử dụng ngôn ngữ ấy, đó chính là dấu hiệu báo trước sự tuyệt chủng.
Như vậy, tác giả nhấn mạnh rằng khi một ngôn ngữ không còn được thế hệ trẻ sử dụng và chỉ còn những người lớn tuổi nói ngôn ngữ đó, sự tuyệt chủng đã được báo trước. Đây là ý phù hợp nhất với đáp án 2.
Cần phân biệt với đáp án 3: Việc không còn người để giao tiếp bằng ngôn ngữ đó là thời điểm chức năng giao tiếp chấm dứt, còn tác giả muốn nhấn mạnh dấu hiệu xuất hiện sớm hơn, khi không còn người nói trẻ tuổi.
→ Đáp án đúng: 2. その言語を使う人が年寄りばかりになったとき
筆者は、アポイントをとるとき、メールをしてから電話するのがよいのはなぜだと言っているか。
Theo tác giả, tại sao khi đặt lịch hẹn, nên gửi email trước rồi mới gọi điện thoại?
1. 電話がかかってくるまでの間に、いろいろと検討できるから。
Vì trong khoảng thời gian chờ cuộc gọi đến, người nhận có thể cân nhắc nhiều vấn đề khác nhau.
2. メールで知らせておくと、時間や人数を間違えにくいから。
Vì nếu thông báo trước qua email thì sẽ ít nhầm lẫn về thời gian và số lượng người tham gia.
3. 電話する前にメールをしたほうが、アポイントをとりやすいから。
Vì gửi email trước khi gọi điện sẽ giúp việc đặt lịch hẹn dễ dàng hơn.
4. メールなら、相手が留守でも情報を届けることができるから。
Vì email có thể truyền đạt thông tin ngay cả khi người nhận không có mặt.
Tác giả cho rằng khi muốn đặt lịch hẹn, việc gửi email trước rồi mới gọi điện thoại là một cách ứng xử lịch sự, vì người nhận sẽ có thời gian suy nghĩ và cân nhắc trước khi phải đưa ra câu trả lời.
Dẫn chứng trong bài:
「個人宅も、メールをしてから電話がよいでしょう。即答ではなく考える時間を与えることができるからです。」
Ngay cả khi muốn đến thăm nhà riêng của ai đó, tốt nhất cũng nên gửi email trước rồi mới gọi điện, vì cách này giúp đối phương có thời gian suy nghĩ thay vì phải trả lời ngay lập tức.
「嫌な場合は、相手は断る口実を考えられます。」
Nếu không muốn đồng ý, đối phương cũng có thể suy nghĩ để tìm ra một lý do từ chối.
Như vậy, tác giả nhấn mạnh rằng việc gửi email trước giúp người nhận có thời gian xem xét lời đề nghị, cân nhắc lịch trình và chuẩn bị câu trả lời trước khi nhận cuộc gọi, thay vì bị yêu cầu quyết định ngay lập tức.
→ Đáp án đúng: 1. 電話がかかってくるまでの間に、いろいろと検討できるから。