僕は生まれてからずっと、東京に住んでいる。といっても、子どもの頃住んでいたのは東京の田舎だし、いま住んでいるのは川崎市だ。まあ、「東京通勤圏」に住んでいる、というほうが正しい。東京は便利なところだけれど、いろいろ辛いことがあって、たとえばその一つとして通勤地獄(注1)がある。常識では考えられないような密度(注2)で人間を箱に詰め込んで、一時間以上にわたって運ぶという非常識なことをやらざるを得ない。それでも足りなくて、列車の本数を増やしまくり(注3)、ラッシュ時には数分おきに電車が走るということになる。
さて、それでも足りないとなると、どうするか。いろいろな手がある。たとえば、JR(注4)山手線では座席を折り畳み式にし、ラッシュ時には座席をたたんで人が立てるスペースを広くして、もっといっぱい乗れるようにした。また、これほど混雑してくると、人の乗り降りにかかる時間が馬鹿にならなくなる。そこで、在京の私鉄(注5)のA社とB社では、人が素早く乗り降りできるようにドアを改良することにした。素早く乗り降りできるようにするためには、個々の車両の出口を増やすか大きくしてやればよい。A社はドアの数はそのまま(一車両ずつ片側四つ)で、一つ一つのドアを大きくした。B社はドアの大きさを変えずにドアの数を増やした(片側五つ)。なんとなく、どちらでもいいように思える。ところが、結果はB社はうまくいって乗り降りの時間が短縮されたが、A社はうまくいかず、むしろ余計に時間がかかるようになってしまった!全く不思議な話だ。
(注1)通勤地獄:ラッシュの混雑や時間がかかって、通勤が大変なこと
(注2)密度:ものや人がどのくらいの程度で存在するかをあらわす数字
(注3)増やしまくり:「~し続ける」「どんどん増やす」という意味
(注4)JR:もとの日本国有鉄道。現在は企業が経営している
(注5)在京の私鉄:東京にある、企業が経営する鉄道
この三年ほどをかけて、東京・新宿のデパートで、販売員の社員研修をしました。社員教育といっても、販売員の場合は、研修室にひきこもって(注1)勉強や練習をしているだけでは意味がありません。現場、すなわち売り場に立って、お客様とのやりとりを重ねる中で、実地に(注2)研修していかねばなりません。
その中で気づいたのが、販売員とお客様との距離の問題です。ある日ネクタイ売り場に、40代ぐらいの男性が一人、スタスタとまっすぐな一直線の動線(注3)を描いて入ってきました。歩き方のスピードは、街中よりは遅いものの、デパート内の買い物の場面としては速い方です。視線がショーケースの上に取り出して陳列して(注4)あった数本のネクタイのうち、真ん中あたりのものに止まりました。その瞬間、ぐっと近寄った販売員が間髪を入れずに(注5)、「いらっしゃいませ、いかがですか。そちら、今年流行の柄です」。すると、この男性客は、まるで販売員の言葉を無視するかのように、何と逆の方向へ歩き出してしまったのです。もちろんネクタイは買わずに、です。
これが客を追い払ういわゆる「客追い動作」と呼ばれるものです。販売員がせっかくのチャンスを逃がしてしまった主な原因は何だったのでしょうか。その答えこそが、「販売員の対人距離のパフォーマンス(注6)の失敗」なのです。つまり、失敗の第一の理由は、「距離の接近のいきすぎ」にあります。
(注1)ひきこもって:ずっと外に出ないで
(注2)実地に:実際に現場で
(注3)動線:人が動いたあとを線で描いたもの
(注4)陳列して:よく見えるようにならべて
(注5)間髪を入れずに:間、髪と区切って読む。「髪の毛の入る間もないくらいに」の意味
(注6)対人距離のパフォーマンス:人と人との間に適当な距離を置く行動
銀行や郵便局に行くと、いろいろな場所に数字が書いてあります。その数字を読むときに、数字と数字の間に点、カンマが打ってあるのに気がつくでしょう。たとえば199,999,000という具合に、三個の数字ごとに打ってあります。数字はこの点を頼りに読むのが普通なのですが、日本の数字表記の場合、①それができません。なぜなら日本の数字、たとえば一億九千九百九十九万という漢数字は、千万、億と四個の数字ごとに位(注1)が変化、すなわち四桁切り上げだからです。本当は1,9999,0000というふうに四個の数字ごとにカンマが打たれてあれば、一億九千九百九十九万と、そのまま読めます。しかし、②四個の数字ごとにカンマが打たれることにはなりませんでした。なぜでしょう。
インド・アラビア数字(算用数字)(注2)が入ってきたためです。この数字は仏教の発祥地(注3)インドで考案され(注4)、アラビア人がヨーロッパに伝えたもので、普及したのは13世紀に入ってからです。しかもアメリカを始め、各国で使われている数字の読み方が、
1,000 Thousand (サウザンド) 千
1,000,000 Million (ミリオン) 百万
1,000,000,000 Billion (ビリオン) 十億
と三桁切り上げでした。四桁切り上げに慣れている者には読みにくいのですが、日本の金融機関がこの方法を採用したので、それにならうことになったのです。
(注1)位:たとえば、49の場合、9を1の位、4を10の位という
(注2)インド・アラビア数字(算用数字):1、2、3……
(注3)発祥地:考え方、やり方などが始まったところ、生まれたところ
(注4)考案され:考えられ、作り出され
人間は成長するに従い、何度も皮をむいて新しくなる。
この皮を脱皮させてくれる助けはいろいろあるが、本はその大きなキッカケの一つである。あなたがある本とめぐり合って、その中にある一つのコトバが、何か心にかかりながら、そのときは過ぎてしまう。何年かたってふと思い出し、「そうか、そういうことだったのか、ほんとだ、あの著者のいいたかったのは、こういうことなんだな」とわかる、そのとき、あなたは一つの脱皮をなしとげる。
①そういうことが何度もいろんな本でおこなわれると、その蓄積は次第に厚く深くなってゆくだろう。人生経験を積み重ね、それを裏打ちして自分にプラスしてゆくには、どうしても読書が必要になる。
とにかく言葉をたくさん知ることが望ましい。私たちはコトバを使って考えを組立てる。②積木の数は、なるべくたくさんでなければならない。さまざまな形のものも欲しい。本を読むことで、それらはいくつもできる気がする。口下手でコトバをすぐ唇にのぼせられない(若いときはそういうことが多い)人も、あたまの中にコトバがひしめいている。それでよいのだ。
(注1)口下手:話すことが苦手なこと
(注2)ひしめいている:すき間なく詰まっている
子どもとかかわる仕事場と言えば、「学校」を思い浮かべる人が多いのではないでしょうか。僕は教師として小学校や中学校などの現場で働いたことは一度もありませんが、これまでに多くの子どもたちにかかわって仕事をしてきました。勉強も教えてきましたし、スポーツなども一緒にやってきました。
教師志望(注1)でもなかった僕が、こんなにも長く子どもにかかわる仕事をするようになるとは、①当時は夢にも思っていませんでした。そもそものきっかけは、アパートの一室を教室にして塾を開設したことです。ただこれも自ら思い立ってではなく、勉強の苦手なわが子のことを悩んでいたお母さんたちが、近所に住む僕たちに「子どもたちに勉強を教えてもらえないか」と声をかけてきたのが始まりでした。
その頃の僕は大学を卒業し、大学院に進んでいました。ちゃんとした仕事に就くまでのアルバイトのつもりで、友だち数人とこの仕事を引き受けたのです。
それが子どもたちにかかわる最初の最初でした。それから今日まで、ずっと子どもたちとともにきましたが、なぜこの仕事を続けてきたのかを考えてみると結局、子どもとともにかかわる仕事は、一度首をつっこむとそうそう抜けることができないくらい魅力的な仕事だということ、同時に汲めども汲めども(注2)汲みきれない魅力がある、奥の深い世界でした。
(注1)志望:こうなりたいと望むこと
(注2)汲めども汲めども:汲んでも汲んでも
イヌは飼い主が「こっちへおいで」と呼べば、たいていはちゃんとやってくるが、ネコは①そんなことはない。いくら「おいで、おいで」といっても、ちょっとこっちを見るくらいが関の山(※1)で、さっぱり寄ってこようとはしない。
ぼくの家にも5匹も6匹もネコがいたころ、春や秋の日曜日の昼には、庭の奥でバーベキューをすることがよくあった。するとまもなくネコたちはみんな家の中から出てきて、ぼくらのいる庭の隅にやってくる。けれどイヌのようにぼくらの足もとに寄ってくるわけではない。近くの物置の上や塀の上に、てんでに(※2)すわりこんだり、寝そべったり(※3)しているのだ。そして、②とても満足そうな顔をして、ぼくらのほうを見ている。
彼らは人間といっしょにというか、人間の近くにいたいのである。だからぼくらが留守中のネコの世話を近所の知り合いに頼んで2日ばかり旅行しようとしていると、非常に不安そうな様子になる。ぼくらの気配で何か察知(※4)しているとしか思えないのである。
(※1)関の山:それ以上は無理という限界
(※2)てんでに:思い思いに
(※3)寝そべる:横になる
(※4)察知する:外にあらわれた様子から感じとる
われわれは、よく、「体が覚えている」とか「手が覚えている」という言い方をすることがある。意識的にものを考えるときには、「頭を使う」という言い方をするように、頭、脳を使って考えるが、人の心の働きには、脳の活動だけで説明しきることのできないものがたくさんある。たとえば、記憶喪失になって、自分の名前や過去を忘れた人でも、車の運転は覚えていることがある。
文字は手で覚えるというのも、よくいわれることだ。子供のころ、文字を覚えるのに、同じ字を何回も書かされたという覚えは、誰しもあることだろう。そうして覚えた字は、忘れていても、書いてみると思い出せることがある。思い出してから書くのではなく、書くことによって思い出すということが起こるのだ。
たとえば、人が書いた漢字を見て、まちがっているような気がするのに、どこがどういうふうにまちがっていると、はっきり指摘(※1)できないことがあったとする。そんなとき、たいていの人は、その文字を紙に書いてみようとするのではなかろうか。手がちゃんと覚えていたら、頭で考えなくても正しい字が書け、人の書いた字と比べて、「あっ、ここが違う」と指摘できる。
逆に、妙に(※2)意識してしまうと、いつもは自然に書ける字が、かえって書けなくなり、思い出せなくなるときがある。
(※1)指摘:取り出して示すこと
(※2)妙に:変に
2、3日目から、いらいらしたり、記憶がわるくなったり、ひどい錯覚や幻覚がおこったりして、4日目ころには、①ほとんどの者が落伍(※2)してしまったという。レコードホルダー(※3)は、断眠8日と8時間で、まさに超人的である。
実験がおわってから精密検査をしたところ、精神状態はへんになっていても、身体にはどこも異常はなかったという。しかし、精神状態の異常は、ひと晩ぐっすり眠るとすっかり回復したが、2人だけは、数年間精神の異常に苦しんだということである。断眠は、肉体にはほとんど影響をおよぼさないが、脳にはかなりの障害をおこすことが、この実験ではっきり証明されている。(中略)
眠りは、呼吸や食欲や性欲と同じように、どうしてもかなえなければならない本能的な欲求である。頭が疲れたから眠るのだ、脳の疲労を回復するために眠るのだ、ということをよくきく。しかしこの表現は、およそ眠りの本質をついていない。眠りとは、脳細胞がいつでも活発に働きうる態勢にととのえるための準備工作である。
腹がへったからたべるのではなく、肉体を健康に保ち、身体活動するために私たちはたべるのである。②これと同じように、脳を健康に保ち、明敏な(※4)精神活動をするために私たちは眠るのである。
(※1)断眠:睡眠を断つこと、寝ないこと
(※2)落伍する:脱落する
(※3)レコードホルダー:最高記録をもつ人
(※4)明敏な:活発な
そこは、ぼくが東京に来て初めて入った食べ物屋さんだった。受験のために上京したぼくは、そば屋に入るのさえこわがっていたのだ。そして、すきっ腹をかかえて、やっととび込んだこの店で、恐る恐る壁に書かれた品目を見上げ、一番安いものを注文したのだ。あれから11年が過ぎていた。得た物も多い。だがその間に失くしたものも大きかった。
「えっ? こんなとこに入るの? いやよ、あたし」
硝子戸に手をかけたぼくに、連れの女は露骨に(※1)不快な表情を向けてそういった。その女との結婚を考えていたぼくは、急に心が冷めたように感じた。
①ぼくはかまわずに戸を引いた。そのとき、ぼくの脳裏(※2)に高校生の娘の顔が浮かんだ。注文を受けた彼女は、数分後に申し訳なさそうな目をして、作られた料理をぼくの前に置いたものだった。それを見て、ぼくは②全身に冷や汗をかいた。玉ねぎの薄切りが出ていたからだ。オニオンスライス。何かの飯だとぼくは思っていたのだ。
「いらっしゃいませ」
暖かい目をしたふくよかな(※3)女性が11年ぶりにぼくを迎えてくれた。
(※1)露骨に:実際にあったとおり、少しもかくさないで
(※2)脳裏:頭の中
(※3)ふくよかな:少しふとっている
我々は生まれたとたんに身につけることばがある。それは多くの場合、両親のことばであり、祖父祖母、兄姉など肉親のことばであり、生まれたばかりのその人間を取りまく(※1)周囲の人達のことばである。①これは標準語ではない。人間が生まれて初めて耳にし、覚える自然なことばは方言なのである。
それが次第に成長し、広く社会に出ていくにつれて、自分の属する環境の中での共通語を身につけはじめる。「女ことば」「男ことば」の名で呼ばれる女性共通語、男性共通語。あるいは遊び仲間での共通語、「若者ことば」と呼ばれる若い年代層の間での年齢共通語、そして職業を同じくする者の中での職業共通語。
つまり人間は、自分が生まれ育った環境の中で体得した最も狭い意味での家族方言、地域方言、環境方言に囲まれて成長し、次第に広がる生活環境の変化の中で、その状況に応じたさまざまな共通語を身につけるようになる。しかし、ここまでのことばは、ある限られた領域の中でしか通用しないという意味では、すべて方言である。
(※1)取りまく:まわりを囲む
人間が一番リラックスして話せるのは、斜め前に相手がいるときであるらしい。精神分析の創始者であるフロイドの診察室というのをウィーンで見たことがあるが、患者の椅子は寝椅子であり、フロイドは脇にある小さな椅子に座って、昨日見た夢とか、連想できる事柄などを患者から聞いていたという。患者からは自分の正面の壁や天井が見えるだけで、自分の話を聞いているフロイド先生の顔は見えない。ときどき返事をする声が聞こえてくるだけ。
真正面に立たれると、人は圧迫感を感じて緊張してしまう。相手の顔が見えすぎるのは、あまり話しやすいことではない。語学教師は、学生に聞かせたいときには黒板の前の真ん中に立つ。少し楽しくさせたいなら、斜め前とか、教壇を降りて低いところから話すようにする。ひとりひとりに自由に答えさせたいのなら、学生のそばの斜め前ぐらいに立つといい。そういうテクニックがある。
したがって、デートのときにいいのは、斜め向かいに座ることである。できれば、お互いの身体の向きが90度から45度ぐらいになるように座るのがいい。相談事を聞くのもじっくりと話し合いたいときも、①そういう位置関係が、一番楽なはずである。
ヒトが他の動物と最も異なっている点として、火が使えるということが挙げられる。火によって、ヒトは他の動物から身を守り、夜間に活動することも可能になった。
人類が火を手に入れたのは、約100万年前のことだと推定されている。火の利用でその後の人類の進化に大きな影響を与えたのは、料理ができるようになったことであろう。当時、ヒトが食べられる食材の種類は非常に少なかったが、生で食べられないものを煮たり焼いたりすることで、次第にそれは増えていった。
①料理して食べることは、ヒトの身体に変化をもたらした。例えば、ゴリラは主に植物を食べているが、十分な栄養を取るためには一日に大量の植物を食べなければならない。生の植物は固いので、それをかむためにはあごの筋肉を強くする必要があった。その影響で、脳を覆う頭蓋骨(※1)はあまり大きくならなかった。一方、ヒトは、調理されて柔らかくなった食物を食べるようになり、歯やあごは小さく、食べ物をかむための筋肉は弱くなっていった。その反面、頭蓋骨は大きくなり、のどの発声器官も発達したと考えられている。このように、人類は身体を発達させ、思考や言語を手に入れることができたのだ。
(※1)頭蓋骨:頭の骨
「~道」と名の付くものはいろいろありますが、私が数年前から習っているのは、茶道です。ちょっと苦い緑の粉を、決められた作法(※1)に従って味わい、楽しむ。茶道のけいこは、自宅で気楽にいれたお茶を飲むのとは違った時間の流れるひとときです。日常にない、独特なほどよい緊張感が、気持ちをリフレッシュさせてくれます。
お茶の先生に聞かれたら怒られてしまうかもしれませんが、作法というのは、やはり面倒なものでもあります。茶道の魅力は、茶室に流れる非日常的感覚だけではありません。お抹茶の色や味や香りだって、魅力の一つです。このおいしい薄緑を、もっとカジュアルに楽しめないものか……。仕事の休憩時間にお抹茶がいただけたなら、どんなにリラックスできるだろうか……。
そこで私は、最近ある工夫をしています。茶道の道具を、すべてオフィスの戸棚に置いておくのです。職場でさっとお茶を点て(※2)、薄緑の魅力を仕事仲間と共有。以前は普通のお茶の葉っぱを職場に置いておいたのですが、お抹茶なら葉っぱを捨てたりしなくていいので便利だということに気づいてからは、①この方法にはまって(※3)います。お抹茶は飲み物なのですから、おいしく飲めることが大事に決まっていますよね。
(※1)作法:物事の決まったやり方
(※2)お茶を点て:お茶をつくって
(※3)はまって:熱中して、自分の好みにぴったり合って
片手に荷物を持っていたり、自転車のハンドルを握っていたり、傘をさしていたりして、片手がふさがっている(※1)とき、ろう者はもう一方の手だけで話をします。また、自動車を運転しているろう者が、片手でハンドルを握り、片手で手話を話すことがあります。ちなみに、後部座席のろう者の返事は、ミラーで見ています。
手話には、その語や文の特徴が何重にも(※2)織り込まれて(※3)いて、一部分が欠けても全体を理解することができるという特徴があります。これを冗長性と言いますが、①その性質のおかげで、両手による百パーセントの表現でなくても、見て分かるのです。もちろん、そのときに、手話特有の表情や視線、口の形や動きなど、手以外の要素が重要な役割をもっています。
ときには、片手すら使わず、表情だけで会話が進んでいくことがあります。視線をチラリと(※4)向けるだけで「ほら、あの人/あそこ」と言ったり、ほっぺたの内側を舌でこすって「ウソだよ」と言ったりするなどです。両手に荷物を持っているときなどは、アゴを引いて眉を上げ、相手をじっと見ることで「ほんとに?/え?」と聞き返したり、(パ、パ)と口を開いてうなずくことで「終わった」と答えたりします。
(※1)ふさがっている:空いていない
(※2)何重にも:いくつも重なって
(※3)織り込まれて:(糸で模様を作るように)いろいろなものが入って
(※4)チラリと:一瞬
読者諸兄(※1)の中には経済問題には詳しい方がたくさんいらっしゃると思いますが、服の色と景気には密接な関係があるという事をご存じでしょうか。
以前、ある研究所が長年にわたって調査してきたデータを拝見したことがあります。それは、服の色と日本の景気との関係性を調べたデータでした。街を歩いている人の中で、黒い服を着ている人の出現率(全身真っ黒でなくても、1枚でも黒い服を着ている人の割合)が高い時は不景気であり、低い時は好景気であるというものです。
私は昨年2月のこのコーナーで、「今年は不景気だから黒が流行る」と書きましたが、①見事に昨秋冬ファッションは「黒」に占領された(※2)くらいの勢いで流行していました。実際に昨年の秋冬は心理的な不景気感のピークだったのではないでしょうか。(中略)
今はどうかと言うと、ギャルと言われる若いおしゃれコンシャスな(※3)女性達のファッションが明らかに変わってきました。黒が減って白やベージュ、白地に花柄プリント等、黒ではない色が増えてきています。
ギャルと不景気はあまり関係ないのではないかと思われる方も多いでしょうが、そうでもないのです。
(※1)読者諸兄:読者の皆さん
(※2)黒に占領された:黒ばかりになった
(※3)おしゃれコンシャスな:おしゃれを強く意識した
日本の伝統のなかにはたしかに議論をする習慣がない。議論が下手です。だいたいみんな同じ意見になるのがいいと思い、意見の違う人は敵だとなりがちです。
日本の共同体の伝統にはいい面と悪い面がある。みんなが協力して同じ目的を追求するために、自分だけを主張しないのはいいことでしょう。他方では、どうしても意見の違う人が村八分(※1)にされる。意見の違う人を受け入れることがなかなかできない。それがもっと極端(※2)になると、意見を表明すること自体がそもそもあまり望ましくないということになります。したがって、論争しない。論争すると敵・味方になる傾向が強い。これはわるい面です。
ヨーロッパ社会では論争が多い。米国でも日本よりは多い。それはあらゆるところにあらわれています。たとえば英国の放送局BBCが、政治問題に限らず、どういう問題でも座談会(※3)みたいなことをするときには、みんな異なる意見をもってかなり激しい論争をします。論争というのは相手を怒鳴りつけることではなくて、自分の議論を展開して、これこれしかじかの理由でこう考えるという主張をすることです。反対側の人もそう言って、お互いに根拠を挙げて意見を戦わせる。日本のTVの座談会では、だいたいみんな同じことを言うか、怒鳴りあうかどちらかになる。
(※1)村八分:仲間に入れないこと
(※2)極端:普通の程度から大きくはずれていること、偏ること
(※3)座談会:座って話し合いをする集まり
怒りは、喜びや悲しみと同じように、人間の基本的な感情として、その働きやメカニズムが研究されてきた。最近では、人間の健康を害するものという観点からも捉えられるようになってきている。例えば、怒りと心臓病の関係について検討した研究によれば、高血圧を伴う心臓病の患者には怒りやすい性格の人が多いという傾向があるそうだ。また、怒りという感情が神経や免疫(※1)システムに影響を与え、それが心臓病になるリスク(※2)を高めているのではないかという報告もある。
怒りと健康の関係が注目されるようになったのは、病気に対する社会の考え方が変わってきたからだろう。高齢化により、社会全体で負担する医療費の問題もばかにならなくなってきた。患者個人だけではなく、国や保険会社が負担する医療費も増えてきたのだ。これを抑えるためには、病気を予防することが一番である。食事や睡眠といった生活習慣に気を配ることで病気を予防することはよく知られているが、現代ではさらに、様々な研究結果から、個人の性格や考え方の傾向といった心理的要因も健康に影響することがわかってきた。こうして、心理学や医学の分野において、怒りという感情と健康の関連性を考えるようになってきたのである。
(※1)免疫:体内に入った病気の菌などに、体が自然に抵抗すること
(※2)リスク:危険
警察庁によると、刑法犯(※1)で逮捕、書類送検(※2)などされた少年少女は近年減少傾向にあり、2009年は前年比0.8%減の9万282人。少子化の影響もあってピークの1983年の半分ほどになった。しかし、一方で、再び罪を犯す再犯率は98年から右肩上がりで増え続け、09年は過去最高の31.3%に達した。不良グループとの付き合いが続き、きちんとした生活を築けないまま再び非行に走る(※3)ケースが目立つという。
各警察はこれまで、少年側から持ちかけられた(※4)場合は相談相手になるなどしていたが、今後は①受け身の姿勢を改め、「出前型」と称して(※5)積極的に関係をもつよう方針転換する(※6)。問題が残り、将来に不安を感じるケースについて、保護者らの了解を前提に、所轄署(※7)の少年担当の警察官や地域のボランティアらが連絡をとる。保護者と相談した上で「学校を休まず通えるようになる」「まじめに仕事を続けられるようになる」といった目標を設定。電話やメール、家庭訪問などを通じて励まし、相談に乗るという。また、他の人からほめられたり感謝されたりする経験が立ち直りのきっかけになるとして、ごみ清掃などのボランティア活動や老人ホームへの慰問(※8)にも誘う。
(※1)刑法犯:法律に違反する犯罪を行った犯人
(※2)書類送検:事件について調べた書類を裁判のために送ること
(※3)非行に走る:少年や少女が、社会のルールや法律に違反するようになること
(※4)持ちかけられた:話を受けた
(※5)称して:名前を付けて
(※6)方針転換する:目標ややり方を変える
(※7)所轄署:その地域を担当する警察
(※8)慰問:見舞いをして元気づけること
じつは、私たち自身も見えていないことに気づかないことがある。「見えないことに気づかない」というのは、ごくふつうのことなのだ。
たとえば、この本を読んでいるときの眼球運動。改行して次の行の文章を読むとき、私たちの頭の中では、①あたかも文章がつながっているかのように感じている。しかし、行の最後と次の行のはじめとは距離がある。この距離はどこに飛んでいってしまったのだろう。
読書中の眼球運動を実際に計測してみると、ふつうに文字を読んでいるときは読みの速さに合わせたゆるやかな眼球運動が、そして改行のところで、非常に急速なサッケードと呼ばれる眼球運動がおこっているのが観察される。
重要なことに、サッケード中、眼に入った映像は見ることができない。もし見えたとしたら、あまりにも速い眼球の動きに、本を読む前に気も悪くなってしまうことだろう。サッケード中の映像だけ切り捨てられ、サッケード前後の映像がつなぎ合わされて見えているのだ。
つまり、眼に入った映像すべてが見えているわけではないのである。
なかなか考え込む性質にあるので、生きることをしんどい(※1)と思うことも多い。
こういう自分が今こうやって生きているのは、大袈裟にではなく、小説のおかげだと思っている。人によっては、それが素晴らしい漫画であったり、演劇であったり、音楽だったり、映画だったりもするだろう。
僕は常に空腹であるように言葉を求めて、その言葉を自分の中に入れ、そこから自分なりに考え、言葉によって自分を守るように生きてきた。それは何も僕に言語のセンスがあったとか、頭が良かったとかいうわけではなく、わからないものは繰り返し読んできたからである。学生の時は、背伸びして色々なものに触れた。①そうしないと、逆に生きていけない気がした。
学生の自殺の報道や、破滅(※2)を選んでしまう人達の報道を見る度に、色々思う。人生に絶望を感じるのは仕方ないと思う。誰もが明るく生きられるわけではない。家族も友人も学校も会社も助けにならない場合、しかしこの世界には、文化というものがある。文化は、すべての人間に対して、平等に開かれている。商業ベースに乗った(※3)安易なものが溢れているからなかなか見つけにくい世の中だけど、自分を強く揺さぶり(※4)、救ってくれるようなものに出会えた時、もう1回生きてみようと思うことは、確かにある。
(※1)しんどい:つらい
(※2)破滅:ここでは、自分の人生をだめにすること
(※3)商業ベースに乗った:利益を得ることを目的とした
(※4)揺さぶり:ここでは、心に強い影響を与え
あなたはなぜ笑うのか、と問われたら、面白いと思ったからと答えるだろう。昔の哲学者アリストテレスは、笑うのは人間だけであると考えた。古代ギリシャの時代から、笑うことで気分が良くなるといった心理的な効果が指摘されていたらしい。
心理的な効果ではなく、身体的特徴を考えると、笑いは空気を吸ったり吐いたりするときに生まれるもので、呼吸と同じような現象である。近年、人間だけでなく、霊長類(※1)にも笑いのような現象があることがわかってきた。彼らは、追いかけたり取っ組み合ったりして遊んでいるときに、大きく口を開けて相手に歯を見せることがある。①このような行為は基本的に攻撃意図を示すが、遊んでいる状況では反対に、その意図がないことを示すメッセージになる。
しかし、人間の笑いは霊長類とは異なり、様々な社会的意味を持っている。相手の言ったことが面白いから笑うというように、笑いは他者とのかかわりの中で起こる。笑うことは相手への共感(※2)を示し、その場を明るい雰囲気にする。音声言語の最初のかたちは笑い声だと言う人もいる。現代と同じように人類の初期から笑いがコミュニケーションの道具として使われていたと考えると、その意見もおかしなものではないだろう。
(※1)霊長類:動物の分類の一つで、ヒトやサルの仲間
(※2)共感:他人の考えや感情を、自分も同じだ、その通りだと感じること
2000年から2001年にかけて、全国紙として有名な新聞が、基本の活字を少し大きなものに変えました。地方紙も同じだったと思います。高齢者人口の増加が原因でしょうが、新聞を読む人の総数の中で、老眼鏡を必要とする人の割合が増えたからです。
新聞だって「お客様は神様」でしょうから、その「神様」のニーズに沿って紙面を変えるということは、とうぜんのことです。その案内の記事では、これまでの活字と新しい活字を比較して、いかに①見やすくなったかがしめされていて、わかりやすく納得できるものでした。そして、各社ほとんど同じことを書いていたと思いますが、紙面の大きさは変えないわけだから、「文字が大きくなった分、文字数を減らさねばなりません。そこで、記事は要点をおさえ簡略化して適切化をはかる」というような説明になっていました。なるほどと思う一方、これまではそうでなかったのかなとも思いました。
大きな活字の本も出まわるようになってきました。とくに辞書は同じ内容で同じデザインで大きな版のものが出て、老眼鏡なしでも利用できるとありがたがられています。ただサイズが大きくなった分、大きく重いという欠点もありますが、その快適さに換えられないという人には問題になりません。
動物園の飼育係時代は、「自分のための動物の絵」を描く必要はなかった。飼育係は一般の人には想像できないくらい動物と濃いつきあいをしている。掃除、エサ作り、体の手入れ、観察、病気の看護、そして死んだら解剖をする。いつもウンコまみれ、血まみれだ。
(中略)
実際に鉛筆を持ってスケッチブックに描くということはしなかった。でも何度も何度も、目でなぞるように(※1)追っていた。対象が何であっても、絵を描くときは形や色、質感などを凝視する(※2)。筆で絵を描くときのように、ぼくは動物たちをいろんな角度で観察し目で描いていた。そんな風にして動物と接し、①皮膚感覚として動物がぼくの体に入ってきていた。だから、描かなくてもよかった。画家になることを目指していたころは、一枚でも多く絵を描こうとしていたし、それが上達の近道だと思っていた。でもそのころのぼくは違っていた。描く時間がなくても気にならず、むしろ実際にスケッチして絵を描く以上に「絵の描き方」を学んでいると、感じていた。
(※1)目でなぞるように:目で絵を描くように
(※2)凝視する:じっと見る
私たちは、呼吸によって空気中から酸素をとりいれています。酸素がなかったら窒息して(※1)死んでしまいます。酸素は私たちが生きていくために欠かせない大切なものです。ところがこの酸素は、じつは私たちのからだに害を与える毒でもあることは、あまり知られていません。
酸素はちょっとしたきっかけで「活性酸素」というものに変身します。活性ということばの響きからは、私たちのからだのために活発にはたらいてくれるようなイメージがあるのですが、その実体はひじょうに攻撃的で毒性の強い曲者(※2)なのです。そして、この活性酸素こそが、さまざまな老化現象をおこす真犯人ではないかと考えられています。(中略)
生きていくために酸素が必要なのですが、酸素を利用するために老化するのです。私たちは呼吸をするから歳をとるというわけです。呼吸こそが老化と死を引きおこす原因の一つであり、生きているかぎり老化は避けられません。たいへん皮肉なことですね。
酸素の利用量が少ないと、老化もおさえられるようです。たとえば、酸素の希薄な(※3)高地に住む人ほど長寿の人が多いとか、腹八分目でカロリー制限することで老化の進行が遅くなるというデータもあります。
(※1)窒息して:呼吸ができなくなって
(※2)曲者:面倒なもの
(※3)希薄な:薄い、少ない
人間は昔から、自然の様々な恩恵を受けて生活してきた。それも、ただ自然の中で暮らすだけではなく、田畑を作り動物を飼い、街を作るというように、自然に手を加え、自分たちが生きていくための環境を整えてきた。ある時代までは、人間による開発は自然にそれほど影響を与えていなかったと言える。しかし、18世紀以降の工業の発展により、人間が自らのために行う活動は、①そのバランスを大きく崩すようになった。現在、人間は自然を維持することを考えながら生活する必要に迫られている。
そこで、地球上に生きる多様な動植物の生態を知ろう、という動きが最近盛んになってきた。豊かな自然を守るためには、どこにどんな生物が存在し、互いにどのような影響を与え合っているのか、という自然のメカニズムを深く理解する必要がある。ただし、知識さえあれば自然を維持できるというものではない。例えば、ある動物に絶滅の危険があったとしても、人間の知識でそれを予測し防ぐことは容易ではないだろう。確かに、知ることは環境保護の第一歩である。しかしながら、それだけで十分だと思わず、自然と謙虚に向き合うことが重要である。
博物館には、古今東西(※1)の様々な品物が展示されている。鑑賞のしかたは人それぞれだろうが、私は、展示品の前に立つとそれが使われていた時代へ行ったような気分になる。
これらの品々がもともとどのように使われていたのか、どこにあったのかということが頭に浮かぶのだ。生活の中で使用されていた工芸品だったら、細かいことも想像しやすい。例えば貴重な茶碗だったら、誰がどのように使っていたのか。身分の高い人が招かれる、優雅な茶会の様子が思い浮かぶ。美しい絵で彩られた大きな花瓶だったら、どんな屋敷を飾っていたのか。複雑な模様が織り込んである着物だったら、どんな人が着ていたのか。展示品は、それを見ている私たちを別の世界へと連れて行ってくれる。
何度も博物館に通ううちに、私は、展示品をただ鑑賞するだけではもの足りなくなってきた。例えば、なぜその絵皿には雪の模様が描かれているのか。そこには作り手の気持ちが込められているはずである。のちに、雪は吉兆(※2)を表すものだということを知った。①このようなことがわからないと、その時代にこの絵皿を使用していた人の気持ちまでは想像できないのだ。それで、私は博物館で売られている解説書を買って読んだり、図書館に通ったりするようになった。
(※1)古今東西:昔から今まで、いろいろな地方
(※2)吉兆:良いことが起こりそうな知らせ
現代人は大衆の中の一人ではなく、名前がある個人として認められると、自分の存在が尊重されたと自尊心(※1)が満たされ、私は大切にされていると、喜びを感じます。
「お客様を名前で呼びましょう」と教育している店が多いです。クレジットカードやメンバーカードの使用で名前がわかるので、その時点からは「お客様」でなく、「○○様」と個人名で呼ぼうというものです。(中略)
筆者はレジでクレジット払いをしたときに、「小林様、いつもお買い上げありがとうございます」と言われると、その店の上得意(※2)になったようで、ちょっと優越感(※3)を感じます。接客をしてくれた、私は名前を知らない応対者が自分の名前を呼ばれると、急に親近感がわき、相手に優しい気持ちを持つようになります。
しかし名前で呼びかけられて困ることもあります。夜や土日を中心に買物に行くOLと異なり、私は近所のショッピングセンターへ曜日、時間に関係なく出かけます。平日の昼ごろ顔なじみ(※4)の従業員が私を見つけると「あら~小林さん、こんな時間にどうしたの? 休み?」と声をかけてきます。エスカレーター脇で私の仕事の事情を話すつもりもなく、あたふたします(※5)。せめて「小林さん、こんにちは」でやめて欲しいなぁと気弱に願い、平日の昼間はドキドキしながら店に行っています。
(※1)自尊心:自分を大切にする気持ち
(※2)上得意:店にとって大事な客
(※3)優越感:自分がほかの者より優れていると感じること
(※4)顔なじみ:よく会うので顔を知っている人
(※5)あたふた:落ち着きをなくし、あわてる様子
昼に活動するジョロウグモの巣は、いつも白いように思われます。それも、秋になると太陽光の加減で縦糸は少し黄ばんで見えます。しかし、巣の細い糸を見ても正確な色を判別することは難しいのです。そこで、本当はどのような色をしているのかを確認するために、巣の縦糸と同じ腺(※1)から分泌される(※2)牽引糸(※3)の色を調べることにしました。
多量に集めた牽引糸の可視光(※4)の吸光スペクトル(※5)を調べると、ジョロウグモが幼体(※6)から成体(※7)になるまでの春から夏にかけては白色を示しますが、秋に成熟するとはっきりと黄金色を示すことがわかりました。ジョロウグモの巣の糸の黄色化の理由は、秋になって環境が紅葉化するための保護色の可能性が考えられます。つまり、クモの巣の色が周囲の色と似ていることで、昆虫が巣を認識できずに①捕獲されやすくなることを意味しています。一方、夜に活動するズグロオニグモの牽引糸を調べた結果、春から秋にかけてずっと白色のままでした。これは、夜に活動するズグロオニグモにとっては色が必要ないためと考えられます。
(※1)腺:物質を作ったり、出したりする器官
(※2)分泌される:出される
(※3)牽引糸:クモの糸
(※4)可視光:目で見える光
(※5)吸光スペクトル:光の吸収を表すグラフ
(※6)幼体:子をつくれるほど成長していない生物
(※7)成体:子をつくれるぐらいに成長した生物
これは私自身の経験ですが、私は全国の江戸時代(※1)の古文書を仕事の必要から見ており、それを読んで筆写をしたりしていたのですが、ごく最近ふっと、なぜ自分が九州の文書を読めるのだろうかと疑問がおこってきたのです。
つい四、五年前、鹿児島(※2)にいったときのことでした。バス停で五分ほど待っているあいだ、隣にいたお年寄り二人が、楽しそうに笑いながらいろいろな話をしているので、何を話しているのかなと思って、なんとなく耳を傾けて理解しようとしたのですが、何を話しているのかまるっきりわからない。もちろん単語ぐらいはわかるのですけれども、なぜこんなに楽しそうに話しているのかという文脈は、まったく理解できなかったのです。
その経験が文書を読んでいるときにふっと重なって、どうして自分は全国の文書を読むことができるのだろうということ自体を不思議に思ったわけです。
(中略)
つまり日本の社会の場合、文字社会、文書の世界は非常に均質(※3)度が高い。これにたいして、無文字の社会、口頭の世界は、われわれが考えているよりもはるかに多様だということなのです。ですから均質な文字社会の表皮をはがしてしまうと、じつはきわめて多様な民俗社会(※4)が姿を現すということになる。①日本の社会はいまも決して均質ではないのです。
(※1)江戸時代:1603年から1867年までの時代
(※2)鹿児島:九州の地名
(※3)均質:どの部分も同じ性質であること
(※4)民俗社会:一定の生活習慣や生活文化を持つ社会
人の乗り降りにかかる時間を短くするため、A社ではどんな改良をしたか。
Để rút ngắn thời gian hành khách lên xuống tàu, công ty A đã cải tiến như thế nào?
1.ドアの数は変えないで、ドアを一つだけ大きくした。
Không thay đổi số lượng cửa, chỉ làm lớn một cửa.
2.ドアの数は変えないで、全部のドアを大きくした。
Không thay đổi số lượng cửa, làm tất cả các cửa lớn hơn.
3.ドアの数を一つ増やして、全部のドアを大きくした。
Tăng thêm một cửa và làm tất cả các cửa lớn hơn.
4.ドアの数を一つ増やして、大きさは変えなかった。
Tăng thêm một cửa nhưng không thay đổi kích thước cửa.
Bài viết nói trực tiếp:
「A社はドアの数はそのまま(一車両ずつ片側四つ)で、一つ一つのドアを大きくした。」
→ Công ty A giữ nguyên số lượng cửa, mỗi toa có bốn cửa ở mỗi bên, và làm từng cửa lớn hơn.
一つ一つのドア – từng cửa một ở đây có nghĩa là tất cả các cửa đều được làm lớn hơn, chứ không phải chỉ một cửa.
→ Đáp án 2 đúng.
人の乗り降りにかかる時間を短くするため、B社ではどんな改良をしたか。
Để rút ngắn thời gian hành khách lên xuống tàu, công ty B đã cải tiến như thế nào?
1.全部のドアを大きくして、ドアの数も一つ増やした。
Làm tất cả các cửa lớn hơn và đồng thời tăng thêm một cửa.
2.全部のドアを大きくして、ドアの数は変えなかった。
Làm tất cả các cửa lớn hơn nhưng giữ nguyên số lượng cửa.
3.ドアを一つだけ大きくして、ドアの数は変えなかった。
Chỉ làm lớn một cửa và giữ nguyên số lượng cửa.
4.ドアの大きさは変えないで、ドアの数を一つ増やした。
Không thay đổi kích thước cửa mà tăng thêm một cửa.
Bài viết nêu rõ:
「B社はドアの大きさを変えずにドアの数を増やした(片側五つ)。」
→ Công ty B không thay đổi kích thước cửa mà tăng số cửa lên thành năm cửa ở mỗi bên.
Ban đầu mỗi toa có 4 cửa mỗi bên, sau khi cải tiến thành 5 cửa mỗi bên, tức là tăng thêm một cửa.
→ Đáp án 4 đúng.
ドアを改良した結果、A社とB社の人の乗り降りにかかる時間は、どうなったか。
Sau khi cải tiến cửa, thời gian hành khách lên xuống tàu của công ty A và B đã thay đổi như thế nào?
1.A社は短くできたが、B社はもっと時間がかかるようになった。
Công ty A đã rút ngắn được thời gian, nhưng công ty B lại mất nhiều thời gian hơn.
2.B社は短くできたが、A社はもっと時間がかかるようになった。
Công ty B đã rút ngắn được thời gian, nhưng công ty A lại mất nhiều thời gian hơn.
3.A社もB社も、乗り降りにかかる時間を以前より短くできた。
Cả công ty A và B đều rút ngắn được thời gian lên xuống tàu so với trước.
4.A社もB社も、乗り降りにもっと時間がかかるようになった。
Cả công ty A và B đều mất nhiều thời gian hơn để hành khách lên xuống tàu.
Kết quả được nói trực tiếp ở cuối bài:
「B社はうまくいって乗り降りの時間が短縮されたが、A社はうまくいかず、むしろ余計に時間がかかるようになってしまった!」
→ Công ty B đã thành công và rút ngắn được thời gian lên xuống tàu, còn công ty A thì không thành công, thậm chí còn mất nhiều thời gian hơn trước.
→ Đáp án 2 đúng.
ネクタイ売り場に来た男性は、どうするつもりだったと思われるか。
Người đàn ông đến khu bán cà vạt được cho là đã có ý định làm gì?
1.ネクタイを買うつもりで、特に気に入ったものをよく見ようとしていた。
Ông ấy định mua cà vạt và đang muốn xem kỹ một chiếc mà mình đặc biệt chú ý.
2.ネクタイを買うつもりだったが、いろいろなネクタイを見て迷っていた。
Ông ấy định mua cà vạt nhưng đang phân vân vì xem nhiều chiếc khác nhau.
3.ネクタイを買うつもりはなく、たまたまネクタイ売り場に来て見ていた。
Ông ấy không định mua cà vạt, chỉ tình cờ đến khu bán cà vạt và xem.
4.ネクタイを買うつもりはなかったが、たまたま気に入ったものがあった。
Ông ấy không định mua cà vạt nhưng tình cờ thấy một chiếc mình thích.
Hành động của người đàn ông cho thấy ông có mục đích khá rõ ràng:
「スタスタとまっすぐな一直線の動線を描いて入ってきました。」
→ Ông bước nhanh và đi thẳng vào khu bán cà vạt.
Sau đó:
「視線がショーケースの上に取り出して陳列してあった数本のネクタイのうち、真ん中あたりのものに止まりました。」
→ Ánh mắt ông dừng lại ở một chiếc nằm gần giữa trong số những chiếc cà vạt được trưng bày.
Như vậy, ông không đi xem một cách tình cờ hay phân vân giữa nhiều chiếc, mà có vẻ định mua và đang chú ý đến một chiếc cụ thể.
→ Đáp án 1 đúng.
販売員に声をかけられた男性が逆の方向へ行ってしまったのはなぜか。
Tại sao sau khi được nhân viên bán hàng bắt chuyện, người đàn ông lại quay sang đi theo hướng ngược lại?
1.ただ見ていただけなのに販売員が声をかけたから。
Vì ông chỉ đang xem thôi nhưng nhân viên bán hàng lại bắt chuyện.
2.販売員が自分を無視するような態度を取ったから。
Vì nhân viên bán hàng có thái độ như thể phớt lờ ông.
3.販売員が急に自分の近くまで来て声をかけたから。
Vì nhân viên bán hàng đột ngột tiến sát lại gần ông rồi bắt chuyện.
4.販売員に勧められるより自分で選びたかったから。
Vì ông muốn tự mình lựa chọn hơn là được nhân viên bán hàng giới thiệu.
Ngay khi người đàn ông nhìn vào chiếc cà vạt:
「その瞬間、ぐっと近寄った販売員が間髪を入れずに、『いらっしゃいませ、いかがですか。そちら、今年流行の柄です』。」
→ Đúng lúc đó, nhân viên bán hàng lập tức tiến sát lại gần và bắt chuyện ngay.
Tác giả sau đó xác định vấn đề là 距離の接近のいきすぎ – tiến lại quá gần.
Vì vậy, nguyên nhân không đơn thuần là nhân viên lên tiếng quá sớm, mà là đột ngột tiến quá sát khách rồi bắt chuyện.
→ Đáp án 3 đúng.
販売員が男性にネクタイを買ってもらうのに失敗した主な理由は何か。
Nguyên nhân chính khiến nhân viên bán hàng thất bại trong việc bán cà vạt cho người đàn ông là gì?
1.男性に声をかけるのが早すぎたこと。
Bắt chuyện với người đàn ông quá sớm.
2.男性が買いたい柄がなかったこと。
Không có họa tiết cà vạt mà người đàn ông muốn mua.
3.男性を無視する態度を取ったこと。
Có thái độ phớt lờ người đàn ông.
4.男性に急に近づきすぎたこと。
Đột ngột tiến lại quá gần người đàn ông.
Tác giả nói trực tiếp nguyên nhân chính:
「失敗の第一の理由は、『距離の接近のいきすぎ』にあります。」
→ Nguyên nhân hàng đầu của thất bại nằm ở việc tiến lại quá gần khách.
対人距離 – khoảng cách giữa người với người là vấn đề chính mà tác giả muốn nói đến trong đoạn này.
Đáp án 1 dễ gây nhầm vì nhân viên đúng là đã bắt chuyện 間髪を入れずに – ngay lập tức, nhưng tác giả xác định nguyên nhân chính là khoảng cách bị thu hẹp quá mức, không phải bản thân việc bắt chuyện quá sớm.
→ Đáp án 4 đúng.
①それとあるが、何を指しているか。
それ – điều đó ở đây chỉ điều gì?
1.数字三個ごとに点を打って、位を変化させること。
Cứ ba chữ số lại đặt một dấu phân cách và thay đổi hàng của số.
2.数字四個ごとに点を打って、位を変化させること。
Cứ bốn chữ số lại đặt một dấu phân cách và thay đổi hàng của số.
3.数字三個ごとに打ってある点を見て数字を読むこと。
Đọc số dựa vào dấu phân cách được đặt sau mỗi ba chữ số.
4.数字四個ごとに打ってある点を見て数字を読むこと。
Đọc số dựa vào dấu phân cách được đặt sau mỗi bốn chữ số.
Ngay trước それ – điều đó, tác giả nói:
「数字はこの点を頼りに読むのが普通なのですが、日本の数字表記の場合、それができません。」
→ Thông thường người ta đọc số dựa vào những dấu phân cách này, nhưng với cách biểu thị số của tiếng Nhật thì không thể làm như vậy.
Trước đó, tác giả đã nói các dấu phân cách được đặt 三個の数字ごと – sau mỗi ba chữ số.
Vì vậy, それ chỉ việc nhìn các dấu phân cách sau mỗi ba chữ số để đọc số.
→ Đáp án 3 đúng.
算用数字とはどのような数字か。
算用数字 – chữ số Ả Rập như 1, 2, 3... là loại chữ số như thế nào?
1.インドで考えられ、アラビア人がヨーロッパに伝えたもので、13世紀によく使われるようになった数字。読み方が三個ごとになっている。
Là hệ chữ số được nghĩ ra ở Ấn Độ, được người Ả Rập truyền sang châu Âu và trở nên phổ biến từ thế kỷ 13. Cách phân hàng của số theo từng ba chữ số.
2.インドで考えられ、アラビア人がアメリカに伝えたもので、13世紀によく使われるようになった数字。読み方が四個ごとになっている。
Là hệ chữ số được nghĩ ra ở Ấn Độ, được người Ả Rập truyền sang Mỹ và trở nên phổ biến từ thế kỷ 13. Cách phân hàng của số theo từng bốn chữ số.
3.中国で考えられ、13世紀によく使われるようになった、漢字を使って数を表す数字。読み方が三個ごとになっている。
Là hệ chữ số được nghĩ ra ở Trung Quốc, trở nên phổ biến từ thế kỷ 13 và dùng chữ Hán để biểu thị số. Cách phân hàng theo từng ba chữ số.
4.中国で考えられ、13世紀によく使われるようになった、漢字を使って数を表す数字。読み方が四個ごとになっている。
Là hệ chữ số được nghĩ ra ở Trung Quốc, trở nên phổ biến từ thế kỷ 13 và dùng chữ Hán để biểu thị số. Cách phân hàng theo từng bốn chữ số.
Bài viết giải thích:
「この数字は仏教の発祥地インドで考案され、アラビア人がヨーロッパに伝えたもので、普及したのは13世紀に入ってからです。」
→ Hệ chữ số này được nghĩ ra ở Ấn Độ, được người Ả Rập truyền sang châu Âu và trở nên phổ biến từ thế kỷ 13.
Đồng thời, các con số được phân theo từng ba chữ số:
「1,000 Thousand (サウザンド) 千
1,000,000 Million (ミリオン) 百万
1,000,000,000 Billion (ビリオン) 十億」
→ 1,000 là thousand – nghìn, 1,000,000 là million – triệu, 1,000,000,000 là billion – tỷ.
Vì vậy, đáp án 1 phù hợp đầy đủ với nội dung bài.
→ Đáp án 1 đúng.
②「四個の数字ごとにカンマが打たれることにはなりませんでした」とあるが、なぜか。
Bài viết nói rằng “cuối cùng dấu phẩy không được đặt sau mỗi bốn chữ số”, tại sao lại như vậy?
1.漢数字と三個ごとに点を打つ読み方を、日本の銀行や郵便局が使うことにしたから。
Vì các ngân hàng và bưu điện Nhật Bản quyết định sử dụng chữ số Hán cùng cách đặt dấu phân cách sau mỗi ba chữ số.
2.算用数字と三個ごとに点を打つ読み方を、日本の銀行や郵便局が使うことにしたから。
Vì các ngân hàng và bưu điện Nhật Bản quyết định sử dụng chữ số Ả Rập cùng cách đặt dấu phân cách sau mỗi ba chữ số.
3.四個の数字ごとにカンマを打つ読み方は、漢数字に慣れている者には読みにくいから。
Vì cách đặt dấu phẩy sau mỗi bốn chữ số khó đọc đối với những người quen với chữ số Hán.
4.四個の数字ごとにカンマを打つ読み方は、算用数字に慣れている者には読みにくいから。
Vì cách đặt dấu phẩy sau mỗi bốn chữ số khó đọc đối với những người quen với chữ số Ả Rập.
Tác giả giải thích rằng 算用数字 – chữ số Ả Rập được đưa vào Nhật Bản và cách biểu thị này phân hàng theo từng ba chữ số.
Sau đó bài viết nói:
「日本の金融機関がこの方法を採用したので、それにならうことになったのです。」
→ Vì các tổ chức tài chính của Nhật Bản đã áp dụng phương pháp này nên những nơi khác cũng làm theo.
この方法 – phương pháp này chính là cách dùng chữ số Ả Rập và phân cách theo từng ba chữ số.
Đáp án 1 dễ nhầm vì ngân hàng và bưu điện được nhắc đến trong bài, nhưng phương pháp được áp dụng là cách viết bằng 算用数字, không phải 漢数字 – chữ số Hán.
→ Đáp án 2 đúng.
「そういうこと」とは、何か。
“Điều như vậy” là điều gì?
1.人生で実際にいろいろな経験をしながら、何度も脱皮すること
Trong khi thực sự trải qua nhiều kinh nghiệm khác nhau trong cuộc đời, con người nhiều lần “lột xác”.
2.ある本の中の心にかかった言葉が、ずっと理解できないでいること
Một câu chữ trong cuốn sách khiến mình bận tâm nhưng mãi vẫn không hiểu được.
3.ある本の著者に会って、心にかかっていた言葉の意味を知ること
Gặp tác giả của một cuốn sách và biết được ý nghĩa của câu chữ từng khiến mình bận tâm.
4.ある本の中の心にかかった言葉が、何年か後に理解でき、成長すること
Một câu chữ trong cuốn sách từng khiến mình bận tâm, vài năm sau có thể hiểu được và qua đó bản thân trưởng thành.
「そういうこと」 chỉ trực tiếp nội dung được nói ngay trước đó:
「あなたがある本とめぐり合って、その中にある一つのコトバが、何か心にかかりながら、そのときは過ぎてしまう。」
→ Khi gặp một cuốn sách, có một câu chữ trong đó khiến ta bận tâm, nhưng lúc ấy thời gian cứ thế trôi qua mà ta chưa thực sự hiểu được.
Sau đó:
「何年かたってふと思い出し、『そうか、そういうことだったのか、ほんとだ、あの著者のいいたかったのは、こういうことなんだな』とわかる、そのとき、あなたは一つの脱皮をなしとげる。」
→ Vài năm sau, ta chợt nhớ lại và hiểu ra: “À, thì ra là như vậy. Đúng thật, điều tác giả ấy muốn nói là thế này.” Chính lúc đó, ta hoàn thành một lần “lột xác”.
Như vậy, quá trình mà 「そういうこと」 chỉ đến là:
心にかかった言葉 → そのときはまだ十分にわからない → 何年か後に理解する → 一つの脱皮をなしとげる
Tức là một câu chữ trong sách từng khiến mình bận tâm, đến vài năm sau mới hiểu được, và sự nhận ra đó trở thành một bước trưởng thành của bản thân.
Đáp án 1 chỉ nói chung về việc trải nghiệm cuộc sống và nhiều lần trưởng thành, không đề cập đến việc sau nhiều năm hiểu ra một câu chữ trong sách. Đáp án 2 sai vì cuối cùng người đọc đã hiểu ra. Đáp án 3 sai vì bài không nói người đọc gặp tác giả.
→ Đáp án 4 đúng.
「積木」とは、何のことか。
“Những khối xếp hình” ở đây chỉ điều gì?
1.おもちゃ
Đồ chơi.
2.言葉
Từ ngữ.
3.読書
Việc đọc sách.
4.人生経験
Kinh nghiệm sống.
Tác giả viết:
「とにかく言葉をたくさん知ることが望ましい。」
→ Dù thế nào đi nữa, biết thật nhiều từ ngữ là điều đáng mong muốn.
Ngay sau đó:
「私たちはコトバを使って考えを組立てる。積木の数は、なるべくたくさんでなければならない。」
→ Chúng ta dùng từ ngữ để xây dựng suy nghĩ. Vì vậy, số lượng “khối xếp hình” càng nhiều càng tốt.
Ở đây tác giả ví 言葉(từ ngữ) như 積木(những khối xếp hình). Giống như dùng nhiều khối xếp hình khác nhau để tạo thành một vật, con người dùng từ ngữ để hình thành và tổ chức suy nghĩ.
Câu tiếp theo 「さまざまな形のものも欲しい」 cũng cho thấy tác giả muốn con người không chỉ biết nhiều từ mà còn có vốn từ đa dạng.
→ Đáp án 2 đúng.
筆者がこの文章で一番言いたいことは、どんなことか。
Điều tác giả muốn nói nhất trong bài viết này là gì?
1.人間の成長には、読書は大きな助けになる。
Đọc sách là một sự trợ giúp rất lớn đối với sự trưởng thành của con người.
2.人間が成長するには、人生経験をたくさん積むべきだ。
Để trưởng thành, con người nên tích lũy thật nhiều kinh nghiệm sống.
3.人間は、できるだけ多くの本を読んで、たくさんの言葉を覚えるべきだ。
Con người nên đọc càng nhiều sách càng tốt và ghi nhớ thật nhiều từ ngữ.
4.読書をすれば、口下手な人も上手に話せるようになる。
Nếu đọc sách thì ngay cả người không giỏi ăn nói cũng sẽ trở nên nói chuyện giỏi.
Ngay từ đầu, tác giả đã nêu:
「この皮を脱皮させてくれる助けはいろいろあるが、本はその大きなキッカケの一つである。」
→ Có nhiều thứ giúp con người “lột bỏ lớp vỏ cũ” để trưởng thành, và sách là một trong những cơ hội lớn giúp tạo ra sự thay đổi đó.
Sau đó tác giả tiếp tục nhấn mạnh:
「人生経験を積み重ね、それを裏打ちして自分にプラスしてゆくには、どうしても読書が必要になる。」
→ Để tích lũy kinh nghiệm sống, củng cố những kinh nghiệm ấy và biến chúng thành điều có ích cho bản thân, việc đọc sách là cần thiết.
Phần cuối còn giải thích một lợi ích quan trọng khác của việc đọc sách: giúp con người có thêm nhiều từ ngữ để xây dựng và phát triển suy nghĩ.
Vì vậy, toàn bài không chỉ nói rằng phải tích lũy kinh nghiệm sống như đáp án 2, cũng không đơn thuần yêu cầu đọc thật nhiều sách và học thật nhiều từ như đáp án 3. Những ý đó chỉ là các phần hỗ trợ cho luận điểm lớn hơn.
Đáp án 4 cũng sai vì tác giả nói người 口下手 dù không thể nhanh chóng diễn đạt thành lời thì trong đầu vẫn có rất nhiều từ ngữ; tác giả không nói đọc sách sẽ khiến họ trở thành người nói chuyện giỏi.
Ý xuyên suốt của bài là đọc sách giúp con người suy nghĩ sâu sắc hơn, hiểu thêm từ những trải nghiệm và từng bước trưởng thành.
→ Đáp án 1 đúng.
当時とは、いつか。
当時 – lúc đó, khi ấy là khi nào?
1.大学生のとき
Khi còn là sinh viên đại học.
2.大学院生のとき
Khi đang là học viên cao học.
3.アルバイトしていたとき
Khi đang làm thêm.
4.教師になったとき
Khi đã trở thành giáo viên.
Để xác định 当時 – lúc đó, khi ấy, cần nhìn vào phần tác giả kể về hoàn cảnh của mình vào thời điểm bắt đầu công việc liên quan đến trẻ em:
「その頃の僕は大学を卒業し、大学院に進んでいました。」
→ Khi ấy, tôi đã tốt nghiệp đại học và đang học tiếp lên cao học.
Trước đó tác giả nói:
「教師志望でもなかった僕が、こんなにも長く子どもにかかわる仕事をするようになるとは、当時は夢にも思っていませんでした。」
→ Lúc ấy, tôi vốn cũng không có ý định trở thành giáo viên nên chưa từng nghĩ rằng mình sẽ làm công việc liên quan đến trẻ em lâu đến như vậy.
Như vậy, 当時 – lúc đó, khi ấy chỉ thời điểm tác giả 大学院に進んでいました – đang học tiếp lên cao học.
Đáp án 1 sai vì lúc đó tác giả đã tốt nghiệp đại học. Đáp án 4 sai vì tác giả nói rõ mình chưa từng làm giáo viên ở trường. Đáp án 3 tuy tác giả coi công việc này là アルバイト – việc làm thêm, nhưng thông tin xác định rõ giai đoạn của 当時 – lúc đó, khi ấy là 大学院に進んでいました – đang học tiếp lên cao học.
→ Đáp án 2 đúng.
筆者が塾を開設した理由は、何か。
Lý do tác giả mở lớp học thêm là gì?
1.自分の子どもが、勉強が苦手で悩んでいたから。
Vì con của chính tác giả học không tốt nên tác giả lo lắng.
2.教師になりたかったが、学校の教師より楽だと思ったから。
Vì tác giả muốn trở thành giáo viên nhưng nghĩ rằng mở lớp học thêm sẽ nhàn hơn làm giáo viên ở trường.
3.大学を卒業したが、ちゃんとした仕事に就くことができなかったから。
Vì tác giả đã tốt nghiệp đại học nhưng không thể tìm được một công việc chính thức.
4.近所のお母さんたちから、子どもに勉強を教えてほしいと言われたから。
Vì những người mẹ sống gần đó đã nhờ tác giả dạy học cho con của họ.
Tác giả nói rõ:
「ただこれも自ら思い立ってではなく、勉強の苦手なわが子のことを悩んでいたお母さんたちが、近所に住む僕たちに『子どもたちに勉強を教えてもらえないか』と声をかけてきたのが始まりでした。」
→ Việc này không phải do chính tác giả chủ động nghĩ ra. Mọi chuyện bắt đầu khi những người mẹ đang lo lắng vì con mình học không tốt đến nhờ tác giả và những người sống gần đó dạy học cho bọn trẻ.
Ở đây, わが子 – con mình là con của お母さんたち – những người mẹ, không phải con của tác giả. Vì vậy đáp án 1 sai.
Đáp án 2 sai vì tác giả nói mình vốn không phải 教師志望 – người có nguyện vọng trở thành giáo viên.
Đáp án 3 cũng không chính xác. Tác giả chỉ nói:
「ちゃんとした仕事に就くまでのアルバイトのつもりで、友だち数人とこの仕事を引き受けたのです。」
→ Tác giả cùng vài người bạn nhận công việc này với ý định coi đó là việc làm thêm cho đến khi có một công việc chính thức.
Bài không nói tác giả mở lớp vì không thể tìm được việc. Nguyên nhân trực tiếp là lời nhờ của những người mẹ sống gần đó.
→ Đáp án 4 đúng.
筆者は、自分がしてきた「子どもとかかわる仕事」をどう考えているか。
Tác giả nghĩ như thế nào về “công việc liên quan đến trẻ em” mà mình đã làm?
1.やってみるとなかなかやめることができないくらい魅力的な仕事だ。
Đó là một công việc hấp dẫn đến mức một khi đã bắt đầu làm thì rất khó có thể từ bỏ.
2.やってみると解決できない問題が多くて、やめるのが難しい仕事だ。
Đó là một công việc mà khi bắt tay vào làm thì có nhiều vấn đề không thể giải quyết được, nên rất khó từ bỏ.
3.アルバイトのつもりで簡単にできるから、なかなかやめられない仕事だ。
Vì có thể dễ dàng làm với tư cách một công việc làm thêm nên đây là công việc khó mà từ bỏ.
4.子どもとスポーツもできるから、小中学校の教師より楽しい仕事だ。
Vì có thể cùng trẻ em chơi thể thao nên đây là công việc thú vị hơn làm giáo viên tiểu học hoặc trung học cơ sở.
Ở cuối bài, tác giả trực tiếp nói:
「子どもとともにかかわる仕事は、一度首をつっこむとそうそう抜けることができないくらい魅力的な仕事だということ」
→ Công việc gắn bó với trẻ em là một công việc hấp dẫn đến mức một khi đã dấn thân vào thì không dễ gì có thể rời khỏi.
Trong đó, 首をつっこむ – dấn thân vào, tham gia vào và そうそう抜けることができない – không dễ gì có thể rời khỏi cho thấy sức hấp dẫn rất lớn của công việc này.
Tác giả còn nói:
「同時に汲めども汲めども汲みきれない魅力がある、奥の深い世界でした。」
→ Đồng thời, đó là một thế giới sâu sắc, có sức hấp dẫn mà dù khám phá bao nhiêu cũng không thể khám phá hết.
Vì vậy, 抜けることができない – không thể dễ dàng rời khỏi không phải vì công việc có quá nhiều vấn đề chưa giải quyết được, mà vì nó 魅力的 – hấp dẫn, cuốn hút.
Đáp án 2 sai vì hiểu sai nguyên nhân khiến tác giả khó rời bỏ công việc. Đáp án 3 sai vì アルバイト – việc làm thêm chỉ là ý định ban đầu khi tác giả nhận công việc. Đáp án 4 sai vì tác giả không hề nói công việc này thú vị hơn nghề giáo viên tiểu học hay trung học cơ sở.
→ Đáp án 1 đúng.
「そんなことはない」とあるが、ネコはどんな行動をとるのか。
Trong bài có câu “Mèo thì không như vậy”, vậy mèo có hành động như thế nào?
1. 飼い主が「おいで」と呼んでも、寄ってこない。
Dù chủ gọi “Lại đây”, mèo cũng không đến gần.
2. 飼い主が「おいで」と呼んでも、見向きもしない。
Dù chủ gọi “Lại đây”, mèo cũng không thèm ngoảnh nhìn.
3. 飼い主が「おいで」と呼ぶと、すぐに寄ってくる。
Khi chủ gọi “Lại đây”, mèo lập tức chạy đến gần.
4. 飼い主が「おいで」と呼ぶと、遠くに行ってしまう。
Khi chủ gọi “Lại đây”, mèo lại bỏ đi xa.
Dẫn chứng trong bài:
「いくら『おいで、おいで』といっても、ちょっとこっちを見るくらいが関の山で、さっぱり寄ってこようとはしない。」
→ Dù có gọi “Lại đây, lại đây” bao nhiêu lần đi nữa thì cùng lắm mèo cũng chỉ liếc nhìn về phía này một chút, hoàn toàn không có ý định đến gần.
Cụm 「いくら~ても」 diễn tả “dù có… bao nhiêu đi nữa”, còn 「さっぱり~ない」 nhấn mạnh sự phủ định hoàn toàn.
Tác giả cho biết mèo có thể quay lại nhìn khi được gọi, nhưng không chịu đến gần chủ.
Đáp án 2 không đúng vì mèo vẫn có nhìn về phía chủ một chút, chứ không phải hoàn toàn không ngoảnh nhìn.
→ Đáp án 1 đúng.
ネコは、なぜ「とても満足そうな顔をして」いるのか。
Tại sao những con mèo lại có vẻ mặt rất mãn nguyện?
1. 天気がよくて、気持ちがいいから。
Vì thời tiết đẹp nên chúng cảm thấy dễ chịu.
2. えさがたくさんもらえそうだから。
Vì chúng có vẻ sắp được cho ăn rất nhiều.
3. 自分の近くに飼い主たちがいるから。
Vì những người chủ đang ở gần chúng.
4. 人が自分の近くに寄ってこないから。
Vì con người không đến gần chúng.
Dẫn chứng trong bài:
「近くの物置の上や塀の上に、てんでにすわりこんだり、寝そべったりしているのだ。そして、とても満足そうな顔をして、ぼくらのほうを見ている。」
→ Chúng tự chọn chỗ ngồi hoặc nằm dài trên mái nhà kho gần đó hay trên bờ tường. Rồi chúng nhìn về phía chúng tôi với vẻ mặt vô cùng mãn nguyện.
「彼らは人間といっしょにというか、人間の近くにいたいのである。」
→ Nói đúng hơn là chúng muốn ở gần con người, chứ không hẳn là phải ở cùng con người.
Mèo không nhất thiết phải đến sát chân chủ như chó. Chúng chỉ cần ở một vị trí gần đó, có thể nhìn thấy và cảm nhận sự hiện diện của chủ là đã cảm thấy hài lòng.
Vì vậy, nguyên nhân khiến mèo có vẻ mặt mãn nguyện là vì những người chủ đang ở gần chúng.
→ Đáp án 3 đúng.
筆者は、ネコとは、どのような動物だと考えているか。
Tác giả cho rằng mèo là loài động vật như thế nào?
1. 飼い主の家族の命令どおりに行動する、かわいい動物である。
Là loài động vật đáng yêu, luôn hành động theo mệnh lệnh của gia đình chủ nuôi.
2. 何を考えているのかよくわからない、飼いにくい動物である。
Là loài động vật khó nuôi vì không thể hiểu rõ chúng đang nghĩ gì.
3. 飼い主の気持ちが理解できる、とても頭のいい動物である。
Là loài động vật rất thông minh, có thể hiểu được cảm xúc của chủ.
4. 飼い主の家族と一緒にいることに幸せを感じる動物である。
Là loài động vật cảm thấy hạnh phúc khi được ở cùng gia đình chủ nuôi.
Dẫn chứng trong bài:
「彼らは人間といっしょにというか、人間の近くにいたいのである。」
→ Nói đúng hơn là chúng muốn ở gần con người, chứ không hẳn là phải ở cùng con người.
「だからぼくらが留守中のネコの世話を近所の知り合いに頼んで2日ばかり旅行しようとしていると、非常に不安そうな様子になる。」
→ Vì vậy, khi chúng tôi nhờ một người quen hàng xóm chăm sóc mèo trong lúc vắng nhà để đi du lịch khoảng hai ngày, chúng lại tỏ ra vô cùng bất an.
Hai dẫn chứng cho thấy mèo rất coi trọng sự hiện diện của chủ. Khi chủ ở gần, chúng cảm thấy hài lòng; khi nhận thấy chủ sắp đi vắng, chúng lại trở nên lo lắng.
Tác giả muốn nhấn mạnh rằng dù mèo không thể hiện tình cảm bằng cách nghe lời hoặc quấn quýt như chó, chúng vẫn cảm thấy hạnh phúc khi được ở gần gia đình chủ nuôi.
→ Đáp án 4 đúng.
筆者が言う「体が覚えている」例として、あっているものはどれか。
Ví dụ nào sau đây phù hợp với ý nghĩa của cụm từ “cơ thể ghi nhớ” mà tác giả đề cập?
1. 久しぶりに会った人の顔を見て、名前を思い出した。
Nhìn thấy khuôn mặt của một người lâu ngày không gặp và nhớ ra tên người đó.
2. よく知っている道よりも、新しい道を選んで歩いた。
Chọn đi một con đường mới thay vì con đường mình đã quen thuộc.
3. 10年ぶりにやったテニスがうまくできた。
Sau 10 năm không chơi, vẫn có thể chơi quần vợt thành thạo.
4. CDを何度も聞いて、日本語の発音を直した。
Nghe CD nhiều lần để sửa cách phát âm tiếng Nhật.
Dẫn chứng trong bài:
「たとえば、記憶喪失になって、自分の名前や過去を忘れた人でも、車の運転は覚えていることがある。」
→ Ví dụ, ngay cả người bị mất trí nhớ, quên cả tên và quá khứ của mình, đôi khi vẫn nhớ cách lái xe.
「そうして覚えた字は、忘れていても、書いてみると思い出せることがある。」
→ Những chữ đã học theo cách đó, dù có quên đi, đôi khi chỉ cần thử viết lại là có thể nhớ ra.
「体が覚えている」 diễn tả việc cơ thể ghi nhớ những kỹ năng đã luyện tập, đến mức có thể thực hiện chúng một cách tự nhiên mà không cần cố ý nhớ lại từng thao tác.
Đáp án 3 phù hợp vì người đó đã từng chơi quần vợt, nên dù 10 năm không luyện tập, cơ thể vẫn ghi nhớ các động tác và có thể chơi tốt.
Đáp án 1 là nhớ lại thông tin về một người, đáp án 2 là lựa chọn đường đi, còn đáp án 4 là chủ động luyện tập để sửa phát âm. Cả ba đều không thể hiện rõ việc cơ thể tự ghi nhớ một kỹ năng đã học.
→ Đáp án 3 đúng.
なぜ「たいていの人は、その文字を紙に書いてみようとする」のか。
Tại sao “hầu hết mọi người đều thử viết chữ đó ra giấy”?
1. 書くことで、正しい字を思い出すことがあるから。
Vì đôi khi thông qua việc viết, người ta có thể nhớ lại cách viết đúng của chữ đó.
2. 自分が書いた文字で、まちがいを指摘したいから。
Vì muốn dùng chữ do chính mình viết để chỉ ra lỗi sai.
3. 人の文字より自分の文字のほうがきれいだから。
Vì chữ do mình viết đẹp hơn chữ của người khác.
4. 人がまちがえたところを正しく指摘したいから。
Vì muốn chỉ ra chính xác chỗ người khác đã viết sai.
Dẫn chứng trong bài:
「思い出してから書くのではなく、書くことによって思い出すということが起こるのだ。」
→ Không phải nhớ ra rồi mới viết, mà chính việc viết lại giúp người ta nhớ ra.
「手がちゃんと覚えていたら、頭で考えなくても正しい字が書け、人の書いた字と比べて、『あっ、ここが違う』と指摘できる。」
→ Nếu bàn tay vẫn ghi nhớ chính xác, ta có thể viết đúng chữ đó mà không cần suy nghĩ bằng đầu óc. Sau đó, khi so sánh với chữ người khác viết, ta có thể chỉ ra rằng: “À, chỗ này khác”.
Tác giả nhấn mạnh rằng hành động viết có thể giúp khơi lại trí nhớ về hình dạng và cách viết chính xác của một chữ Hán.
Đáp án 4 dễ gây nhầm lẫn vì việc chỉ ra lỗi sai cũng được nhắc đến trong bài. Tuy nhiên, đó là kết quả sau khi viết và so sánh. Lý do trực tiếp khiến người ta thử viết chữ ra giấy là để nhớ lại cách viết đúng.
→ Đáp án 1 đúng.
筆者がこの文章で一番言いたいことはどんなことか。
Điều tác giả muốn truyền đạt nhất qua bài viết này là gì?
1. 人は頭を使わないと、ちゃんと記憶できないものだ。
Con người sẽ không thể ghi nhớ tốt nếu không sử dụng đầu óc.
2. 無意識のうちに体で覚えたことは忘れないものだ。
Những điều cơ thể đã ghi nhớ một cách vô thức thường không bị quên đi.
3. 人は記憶喪失になっても、なおすことができるものだ。
Ngay cả khi bị mất trí nhớ, con người vẫn có thể chữa khỏi.
4. 何度も練習しなければ、文字は覚えられないものだ。
Nếu không luyện tập nhiều lần thì con người không thể ghi nhớ chữ viết.
Dẫn chứng trong bài:
「人の心の働きには、脳の活動だけで説明しきることのできないものがたくさんある。」
→ Trong hoạt động tinh thần của con người, có rất nhiều điều không thể giải thích đầy đủ chỉ bằng hoạt động của não bộ.
「そうして覚えた字は、忘れていても、書いてみると思い出せることがある。」
→ Những chữ đã học theo cách đó, dù có quên đi, đôi khi chỉ cần thử viết lại là có thể nhớ ra.
「手がちゃんと覚えていたら、頭で考えなくても正しい字が書け」
→ Nếu bàn tay vẫn ghi nhớ chính xác thì dù không cần suy nghĩ bằng đầu óc, ta vẫn có thể viết đúng chữ đó.
Thông qua các ví dụ về lái xe và viết chữ Hán, tác giả cho thấy có những kỹ năng đã được cơ thể ghi nhớ, nên con người vẫn có thể thực hiện chúng mà không cần chủ động suy nghĩ hay nhớ lại.
Đáp án 1 trái với nội dung bài vì tác giả cho rằng không phải mọi hoạt động ghi nhớ đều cần suy nghĩ có ý thức. Đáp án 3 đề cập đến việc chữa mất trí nhớ, điều mà bài không nói đến. Đáp án 4 chỉ tập trung vào việc luyện viết chữ, không bao quát nội dung chính.
Đáp án 2 phù hợp nhất với thông điệp của toàn bài. Tuy nhiên, đây là cách khái quát của đáp án, không có nghĩa mọi kỹ năng đã học đều tuyệt đối không bao giờ bị quên.
→ Đáp án 2 đúng.
①ほとんどの者が落伍してしまったとは、どういう意味か。
Cụm từ “hầu hết mọi người đều bỏ cuộc giữa chừng” có nghĩa là gì?
1. ほとんどの者が、実験を続けられずに眠ってしまった。
Hầu hết mọi người không thể tiếp tục thí nghiệm và đã ngủ thiếp đi.
2. ほとんどの者が、寝なかったために死んでしまった。
Hầu hết mọi người đã chết vì không ngủ.
3. ほとんどの者が、兵士をやめて、家に帰ってしまった。
Hầu hết mọi người đã rời quân ngũ và trở về nhà.
4. ほとんどの者が、実験を続けて身体に異常が現れた。
Hầu hết mọi người tiếp tục thí nghiệm và xuất hiện những bất thường về thể chất.
Dẫn chứng trong bài:
「2、3日目から、いらいらしたり、記憶がわるくなったり、ひどい錯覚や幻覚がおこったりして、4日目ころには、ほとんどの者が落伍してしまったという。」
→ Từ ngày thứ hai hoặc thứ ba, những người tham gia bắt đầu cáu kỉnh, trí nhớ suy giảm, thậm chí xuất hiện những nhận thức sai lệch và ảo giác nghiêm trọng. Đến khoảng ngày thứ tư, hầu hết đều không thể tiếp tục thí nghiệm.
「落伍する」 có nghĩa là bị tụt lại, bị loại hoặc bỏ cuộc giữa chừng. Trong ngữ cảnh thí nghiệm nhịn ngủ, cụm từ này chỉ việc những người tham gia không thể tiếp tục duy trì trạng thái thức và cuối cùng phải dừng thí nghiệm.
Đáp án 2 không đúng vì bài không nói có người tử vong. Đáp án 3 không liên quan đến nội dung được cung cấp. Đáp án 4 cũng không đúng vì kết quả kiểm tra sau thí nghiệm cho thấy cơ thể không xuất hiện bất thường rõ rệt.
→ Đáp án 1 đúng.
②これは何を指しているか。
Từ “điều này” chỉ điều gì?
1. お腹がすいたからたべること
Việc ăn vì cảm thấy đói.
2. 体の健康を保つためにたべること
Việc ăn để duy trì sức khỏe của cơ thể.
3. 脳が疲労したから眠ること
Việc ngủ vì não bộ đã mệt mỏi.
4. 活発な活動をするために眠ること
Việc ngủ để có thể hoạt động tích cực.
Dẫn chứng trong bài:
「腹がへったからたべるのではなく、肉体を健康に保ち、身体活動するために私たちはたべるのである。」
→ Chúng ta ăn không đơn thuần vì đói, mà để duy trì cơ thể khỏe mạnh và có thể thực hiện các hoạt động thể chất.
「これと同じように、脳を健康に保ち、明敏な精神活動をするために私たちは眠るのである。」
→ Tương tự như vậy, chúng ta ngủ để duy trì não bộ khỏe mạnh và có thể thực hiện các hoạt động tinh thần một cách minh mẫn.
「これ」 dùng để chỉ nội dung vừa được đề cập ở câu trước, tức là việc ăn nhằm duy trì sức khỏe và khả năng hoạt động của cơ thể.
Tác giả so sánh hai hoạt động: ăn để duy trì sức khỏe thể chất và ngủ để duy trì sức khỏe não bộ.
Đáp án 1 chỉ nói đến cảm giác đói, trong khi tác giả phủ định cách giải thích này bằng 「腹がへったからたべるのではなく」. Đáp án 3 và 4 đều nói về việc ngủ, không phải nội dung mà 「これ」 trực tiếp thay thế.
→ Đáp án 2 đúng.
筆者がこの文章で一番言いたいことは、どんなことか。
Điều tác giả muốn truyền đạt nhất qua bài viết này là gì?
1. 私たちは、2、3日なら眠らなくても肉体も脳も健康でいられる。
Nếu chỉ không ngủ trong hai, ba ngày thì cả cơ thể lẫn não bộ của chúng ta vẫn có thể khỏe mạnh.
2. 健康を維持するためには、食べることより眠ることのほうが大切だ。
Để duy trì sức khỏe, việc ngủ quan trọng hơn việc ăn.
3. 腹がへったらたべるのと同じように、人間は頭が疲れたら眠くなる。
Cũng giống như khi đói thì ăn, con người sẽ buồn ngủ khi đầu óc mệt mỏi.
4. 脳を持っている私たちは、眠らなければ健康な精神状態が保てない。
Con người chúng ta, với bộ não của mình, không thể duy trì trạng thái tinh thần khỏe mạnh nếu không ngủ.
Dẫn chứng trong bài:
「断眠は、肉体にはほとんど影響をおよぼさないが、脳にはかなりの障害をおこすことが、この実験ではっきり証明されている。」
→ Thí nghiệm này đã chứng minh rõ ràng rằng việc không ngủ hầu như không gây ảnh hưởng đến thể chất, nhưng lại gây ra những tổn hại đáng kể cho não bộ.
「眠りとは、脳細胞がいつでも活発に働きうる態勢にととのえるための準備工作である。」
→ Giấc ngủ là quá trình chuẩn bị giúp các tế bào não luôn ở trạng thái sẵn sàng hoạt động tích cực.
「これと同じように、脳を健康に保ち、明敏な精神活動をするために私たちは眠るのである。」
→ Tương tự như vậy, chúng ta ngủ để duy trì não bộ khỏe mạnh và có thể thực hiện các hoạt động tinh thần một cách minh mẫn.
Tác giả sử dụng thí nghiệm nhịn ngủ để chứng minh rằng giấc ngủ đặc biệt quan trọng đối với não bộ và trạng thái tinh thần của con người. Mục đích của giấc ngủ không chỉ là nghỉ ngơi khi mệt mỏi, mà còn là duy trì khả năng hoạt động khỏe mạnh của não.
Đáp án 1 trái với kết quả thí nghiệm vì chỉ sau hai, ba ngày không ngủ, những người tham gia đã xuất hiện bất thường về tinh thần. Đáp án 2 không đúng vì tác giả không so sánh mức độ quan trọng giữa ăn và ngủ. Đáp án 3 chỉ nêu quan niệm thông thường mà tác giả cho là chưa phản ánh đúng bản chất của giấc ngủ.
→ Đáp án 4 đúng.
①ぼくはかまわずに戸を引いたとあるが、何にかまわなかったのか。
Trong câu “Tôi vẫn kéo cửa ra mà không bận tâm”, nhân vật “tôi” đã không bận tâm đến điều gì?
1. 連れの女が店になかなか入らなかったこと
Việc người phụ nữ đi cùng mãi không chịu bước vào quán.
2. 連れの女と結婚するかどうかということ
Việc có nên kết hôn với người phụ nữ đi cùng hay không.
3. 連れの女への愛情がなくなったこと
Việc tình cảm dành cho người phụ nữ đi cùng đã không còn.
4. 連れの女の言ったこと
Những lời mà người phụ nữ đi cùng đã nói.
Dẫn chứng trong bài:
「えっ? こんなとこに入るの? いやよ、あたし」
→ “Hả? Anh định vào một nơi như thế này sao? Em không thích đâu.”
「硝子戸に手をかけたぼくに、連れの女は露骨に不快な表情を向けてそういった。」
→ Khi tôi đặt tay lên cánh cửa kính, người phụ nữ đi cùng đã nói như vậy với vẻ mặt khó chịu không hề che giấu.
「ぼくはかまわずに戸を引いた。」
→ Tôi vẫn kéo cửa ra mà không bận tâm.
「かまわずに」 có nghĩa là không để ý, không bận tâm đến điều gì đó.
Trong ngữ cảnh này, người phụ nữ đi cùng tỏ thái độ khó chịu và nói rằng cô không muốn vào quán. Tuy nhiên, nhân vật “tôi” vẫn quyết định mở cửa bước vào mà không để tâm đến lời nói của cô.
Đáp án 1 không chính xác vì đoạn văn không nhấn mạnh việc người phụ nữ chậm bước vào quán. Đáp án 2 và 3 liên quan đến suy nghĩ, tình cảm của nhân vật nhưng không phải đối tượng trực tiếp của 「かまわずに」.
→ Đáp án 4 đúng.
②全身に冷や汗をかいたのはなぜか。
Tại sao nhân vật “tôi” lại “toát mồ hôi lạnh khắp người”?
1. 自分が注文したものが予想と異なり、食事らしくないものだとわかったから。
Vì nhận ra món mình gọi khác với tưởng tượng, không phải một món ăn giống như bữa ăn mà mình mong đợi.
2. 注文したものをまちがえて持ってきた高校生を、かわいそうに思ったから。
Vì cảm thấy thương cô nữ sinh trung học đã mang nhầm món ăn mình gọi.
3. 高校生の失敗を、店の人に気づかれないようにしようと思ったから。
Vì muốn che giấu sai sót của cô nữ sinh trung học để những người trong quán không phát hiện.
4. まちがえて注文した料理が、とても冷たい料理だったから。
Vì món ăn mà mình gọi nhầm là một món ăn rất lạnh.
Dẫn chứng trong bài:
「そして、すきっ腹をかかえて、やっととび込んだこの店で、恐る恐る壁に書かれた品目を見上げ、一番安いものを注文したのだ。」
→ Trong lúc bụng đói cồn cào, cuối cùng tôi cũng đánh liều bước vào quán này, rụt rè nhìn lên thực đơn viết trên tường và gọi món rẻ nhất.
「それを見て、ぼくは全身に冷や汗をかいた。玉ねぎの薄切りが出ていたからだ。」
→ Nhìn thấy món ăn ấy, tôi toát mồ hôi lạnh khắp người. Bởi vì thứ được mang ra chỉ là những lát hành tây thái mỏng.
「オニオンスライス。何かの飯だとぼくは思っていたのだ。」
→ Onion slice, tức món hành tây thái lát. Tôi đã tưởng đó là một món cơm nào đó.
Nhân vật “tôi” lúc ấy là một học sinh từ quê lên Tokyo dự thi, chưa quen với cuộc sống nơi thành phố và thậm chí còn sợ bước vào quán ăn.
Vì quá đói và không hiểu rõ tên món ăn, nhân vật đã gọi món rẻ nhất trên thực đơn, tưởng rằng đó là một món cơm có thể ăn no. Nhưng khi món ăn được mang ra, anh mới nhận ra đó chỉ là hành tây thái lát.
「冷や汗をかく」 nghĩa là toát mồ hôi lạnh, thường diễn tả cảm giác hoảng hốt, lo lắng hoặc bối rối.
Đáp án 2 và 3 không đúng vì cô nữ sinh không mang nhầm món hay mắc lỗi. Đáp án 4 không đúng vì nguyên nhân không phải do nhiệt độ món ăn, mà do nhân vật đã hiểu nhầm tên món.
→ Đáp án 1 đúng.
「女性」とは、だれのことか。
“Người phụ nữ” được nhắc đến trong bài là ai?
1. ぼくの注文を受けた高校生の母親
Mẹ của cô nữ sinh trung học đã nhận món ăn mà tôi gọi.
2. 11年前に結婚を考えていた女
Người phụ nữ mà tôi từng nghĩ đến chuyện kết hôn cách đây 11 năm.
3. 11年ぶりに上京したぼくの母親
Mẹ của tôi, người đã lên Tokyo sau 11 năm.
4. 11年前に、ぼくの注文を受けた高校生
Cô nữ sinh trung học đã nhận món ăn mà tôi gọi cách đây 11 năm.
Dẫn chứng trong bài:
「そのとき、ぼくの脳裏に高校生の娘の顔が浮かんだ。」
→ Lúc ấy, gương mặt của một cô nữ sinh trung học hiện lên trong tâm trí tôi.
「注文を受けた彼女は、数分後に申し訳なさそうな目をして、作られた料理をぼくの前に置いたものだった。」
→ Cô gái đã nhận món tôi gọi và vài phút sau mang món ăn đã được chuẩn bị đến đặt trước mặt tôi, với ánh mắt có vẻ ái ngại.
「いらっしゃいませ」
→ “Xin kính chào quý khách.”
「暖かい目をしたふくよかな女性が11年ぶりにぼくを迎えてくれた。」
→ Một người phụ nữ có đôi mắt ấm áp và thân hình hơi đầy đặn đã đón tiếp tôi sau 11 năm.
Đoạn văn kể về việc nhân vật “tôi” quay lại quán ăn đầu tiên mà mình từng bước vào khi mới lên Tokyo cách đây 11 năm.
Khi mở cửa quán, nhân vật nhớ lại cô nữ sinh trung học từng nhận món ăn mình gọi. Ngay sau đó, một người phụ nữ có ánh mắt ấm áp và thân hình hơi đầy đặn xuất hiện chào đón anh.
Dựa vào mạch kể và khoảng thời gian 11 năm, có thể hiểu người phụ nữ hiện tại chính là cô nữ sinh trung học năm xưa, nay đã trưởng thành.
Đáp án 1 không có căn cứ vì bài không đề cập đến mẹ của cô nữ sinh. Đáp án 2 không đúng vì người phụ nữ mà nhân vật đang nghĩ đến chuyện kết hôn là người đi cùng anh ở hiện tại, không phải 11 năm trước. Đáp án 3 không liên quan vì mẹ của nhân vật không xuất hiện trong câu chuyện.
→ Đáp án 4 đúng.
筆者はどうして①これは標準語ではないと言っているのか。
Tại sao tác giả lại nói rằng “Đây không phải là ngôn ngữ chuẩn”?
1. 生まれたとたん身につけることばだから。
Vì đó là ngôn ngữ con người tiếp thu ngay từ khi mới sinh ra.
2. ある限られた領域の中でしか通用しないことばだから。
Vì đó là ngôn ngữ chỉ được sử dụng và hiểu trong một phạm vi nhất định.
3. 周囲を取りまく人々のことばだから。
Vì đó là ngôn ngữ của những người xung quanh.
4. 次第に広がる生活環境の変化の中で身につけることばだから。
Vì đó là ngôn ngữ được tiếp thu trong quá trình môi trường sống dần mở rộng và thay đổi.
Dẫn chứng trong bài:
「ある限られた領域の中でしか通用しないという意味では、すべて方言である。」
→ Xét theo nghĩa chỉ được sử dụng và hiểu trong một phạm vi nhất định, tất cả đều là phương ngữ.
Tác giả cho rằng ngôn ngữ đầu tiên con người tiếp thu từ gia đình và những người xung quanh chỉ được sử dụng trong một phạm vi nhất định, vì vậy không phải là ngôn ngữ chuẩn mà là phương ngữ.
Đáp án 1 và 3 chỉ nêu đặc điểm hoặc nguồn gốc của ngôn ngữ đầu tiên, chưa giải thích được bản chất của phương ngữ. Đáp án 4 nói về quá trình tiếp thu ngôn ngữ khi trưởng thành, không phải lý do tác giả đưa ra.
→ Đáp án 2 đúng.
筆者の言う「方言」に入らないものはどれか。
Đâu là loại ngôn ngữ không thuộc khái niệm “phương ngữ” mà tác giả đề cập?
1. 若い年代層の間での年齢共通語
Ngôn ngữ chung được sử dụng trong nhóm người trẻ tuổi.
2. 社会で使用されている標準語
Ngôn ngữ chuẩn được sử dụng trong xã hội.
3. 生まれたとたんに身につけることば
Ngôn ngữ con người tiếp thu ngay từ khi mới sinh ra.
4. 自分の属する環境の中での共通語
Ngôn ngữ chung được sử dụng trong môi trường mà bản thân thuộc về.
Dẫn chứng trong bài:
「しかし、ここまでのことばは、ある限られた領域の中でしか通用しないという意味では、すべて方言である。」
→ Tuy nhiên, những loại ngôn ngữ được đề cập đến đây đều là phương ngữ, xét theo nghĩa chúng chỉ được sử dụng và hiểu trong một phạm vi nhất định.
Theo tác giả, phương ngữ không chỉ là ngôn ngữ của một địa phương mà còn bao gồm ngôn ngữ trong gia đình, nhóm tuổi, nghề nghiệp và các môi trường xã hội cụ thể.
Đáp án 1 thuộc phương ngữ vì chỉ được sử dụng trong một nhóm tuổi nhất định. Đáp án 3 là ngôn ngữ đầu tiên tiếp thu từ gia đình và môi trường xung quanh. Đáp án 4 cũng thuộc phương ngữ vì được sử dụng trong một môi trường cụ thể.
Ngược lại, ngôn ngữ chuẩn được sử dụng rộng rãi trong xã hội, không bị giới hạn trong một nhóm hay môi trường cụ thể như những loại ngôn ngữ mà tác giả đang đề cập.
→ Đáp án 2 đúng.
筆者の考えと合っているものはどれか。
Đâu là nhận định phù hợp với quan điểm của tác giả?
1. 自分が属する環境の中での標準語には、いろいろな種類のものがある。
Có nhiều loại ngôn ngữ chuẩn khác nhau trong môi trường mà mỗi người thuộc về.
2. 共通語は、ある限られた領域の中でしか通用しないので、重要ではない。
Vì ngôn ngữ chung chỉ được sử dụng trong một phạm vi nhất định nên nó không quan trọng.
3. 人間が生まれて初めて耳にすることばは、大切に守っていかなければならない。
Chúng ta phải trân trọng và gìn giữ ngôn ngữ đầu tiên mà con người nghe được khi mới sinh ra.
4. 人間の言語社会はさまざまな共通語、言い換えれば、ある種の方言で成り立っている。
Xã hội ngôn ngữ của con người được hình thành từ nhiều loại ngôn ngữ chung khác nhau, hay nói cách khác, từ những dạng phương ngữ nhất định.
Dẫn chứng trong bài:
「その状況に応じたさまざまな共通語を身につけるようになる。しかし、ここまでのことばは、ある限られた領域の中でしか通用しないという意味では、すべて方言である。」
→ Con người dần tiếp thu nhiều loại ngôn ngữ chung khác nhau tùy theo hoàn cảnh. Tuy nhiên, xét theo nghĩa chỉ được sử dụng trong một phạm vi nhất định, tất cả những loại ngôn ngữ ấy đều là phương ngữ.
Tác giả cho rằng con người trưởng thành trong nhiều môi trường khác nhau và tiếp thu những loại ngôn ngữ phù hợp với từng môi trường. Các loại ngôn ngữ chung này, xét theo phạm vi sử dụng, đều có thể được xem là một dạng phương ngữ.
Đáp án 1 không đúng vì tác giả nói đến nhiều loại ngôn ngữ chung, không phải nhiều loại ngôn ngữ chuẩn. Đáp án 2 sai vì tác giả không cho rằng ngôn ngữ chung không quan trọng. Đáp án 3 cũng không phù hợp vì bài viết không đề cập đến việc phải bảo tồn ngôn ngữ đầu tiên.
→ Đáp án 4 đúng.
フロイドが、脇にある小さな椅子に座るのはなぜか。
Tại sao Freud lại ngồi trên chiếc ghế nhỏ ở bên cạnh?
1. 相手の声をよく聞くため
Để nghe rõ giọng nói của đối phương.
2. 相手の顔をよく見るため
Để nhìn rõ khuôn mặt của đối phương.
3. 相手を緊張させないため
Để đối phương không cảm thấy căng thẳng.
4. 相手とじっくり話し合うため
Để có thể trao đổi, trò chuyện kỹ lưỡng với đối phương.
Dẫn chứng trong bài:
「真正面に立たれると、人は圧迫感を感じて緊張してしまう。相手の顔が見えすぎるのは、あまり話しやすいことではない。」
→ Khi có người đứng ngay chính diện, con người sẽ cảm thấy bị áp lực và trở nên căng thẳng. Việc nhìn thấy khuôn mặt đối phương quá rõ cũng khiến người ta khó nói chuyện một cách thoải mái.
Freud ngồi ở chiếc ghế nhỏ bên cạnh để bệnh nhân không phải trực tiếp nhìn vào mặt ông. Cách bố trí này giúp bệnh nhân giảm cảm giác áp lực, bớt căng thẳng và dễ dàng chia sẻ suy nghĩ của mình hơn.
Đáp án 1 không đúng vì mục đích chính không phải để nghe rõ giọng nói. Đáp án 2 trái với nội dung bài vì bệnh nhân không nhìn thấy khuôn mặt Freud. Đáp án 4 tuy có liên quan đến việc trò chuyện nhưng không phải lý do trực tiếp được tác giả nhấn mạnh.
→ Đáp án 3 đúng.
語学教師のテクニックとして、正しいものはどれか。
Đâu là kỹ thuật đúng của giáo viên dạy ngoại ngữ?
1. 学生に集中して聞いてもらいたいときは、教師は教室の前に立つ。
Khi muốn học sinh tập trung lắng nghe, giáo viên sẽ đứng ở phía trước lớp học.
2. 学生に自由に話してもらいたいときは、教師は教室を出て学生だけにする。
Khi muốn học sinh tự do phát biểu, giáo viên sẽ ra khỏi lớp và để học sinh ở lại một mình.
3. スピーチの練習のときは、本番で緊張しないように、教師は学生の後ろに立つ。
Khi luyện tập thuyết trình, giáo viên sẽ đứng phía sau học sinh để các em không căng thẳng khi thuyết trình thật.
4. 作文の練習のときは、文や漢字の間違いを見つけるために、教師は学生のそばにいる。
Khi luyện viết văn, giáo viên sẽ ở bên cạnh học sinh để phát hiện lỗi sai trong câu văn hoặc chữ Hán.
Dẫn chứng trong bài:
「語学教師は、学生に聞かせたいときには黒板の前の真ん中に立つ。」
→ Khi muốn học sinh lắng nghe, giáo viên dạy ngoại ngữ sẽ đứng ở chính giữa phía trước bảng.
Tác giả giải thích rằng vị trí đứng của giáo viên có thể ảnh hưởng đến tâm lý và mức độ tập trung của học sinh. Khi muốn học sinh chú ý lắng nghe, giáo viên nên đứng ở vị trí chính diện phía trước lớp.
Đáp án 2 không đúng vì khi muốn học sinh tự do trả lời, giáo viên nên đứng chếch phía trước gần học sinh, chứ không phải rời khỏi lớp. Đáp án 3 và 4 không được đề cập trong bài.
→ Đáp án 1 đúng.
①そういう位置関係とは、どんな位置のことか。
“Cách bố trí vị trí như vậy” là cách ngồi như thế nào?
1. 真正面に座ること
Ngồi đối diện trực tiếp với nhau.
2. 斜め向かいに座ること
Ngồi chếch đối diện nhau.
3. 相手より低い位置に座ること
Ngồi ở vị trí thấp hơn đối phương.
4. 相手に見えないところに座ること
Ngồi ở nơi mà đối phương không thể nhìn thấy mình.
Dẫn chứng trong bài:
「デートのときにいいのは、斜め向かいに座ることである。できれば、お互いの身体の向きが90度から45度ぐらいになるように座るのがいい。」
→ Khi hẹn hò, tốt nhất là ngồi chếch đối diện nhau. Nếu có thể, nên ngồi sao cho hướng cơ thể của hai người tạo thành một góc khoảng 45 đến 90 độ.
「そういう位置関係」 chỉ cách ngồi chếch đối diện nhau vừa được đề cập ở câu trước. Theo tác giả, vị trí này giúp hai người cảm thấy thoải mái hơn khi trò chuyện, tâm sự hoặc trao đổi những vấn đề cần thảo luận kỹ.
Đáp án 1 không đúng vì ngồi đối diện trực tiếp dễ tạo cảm giác áp lực. Đáp án 3 nói về độ cao của vị trí ngồi, không phải góc ngồi giữa hai người. Đáp án 4 liên quan đến việc tránh ánh mắt đối phương nhưng không phải cách bố trí được đề cập trong đoạn cuối.
→ Đáp án 2 đúng.
筆者は、火を使うことによって人類は何ができるようになったと言っているか。
Theo tác giả, nhờ biết sử dụng lửa, con người đã có thể làm được điều gì?
1. 魚や動物を捕りやすくすること
Giúp việc đánh bắt cá và săn bắt động vật trở nên dễ dàng hơn.
2. 栄養のある野菜を育てること
Trồng những loại rau có nhiều chất dinh dưỡng.
3. 食べられるものを増やすこと
Tăng thêm các loại thực phẩm có thể ăn được.
4. 使いやすい道具を作ること
Chế tạo những công cụ dễ sử dụng.
Tác giả cho biết việc sử dụng lửa đã tạo ra một thay đổi quan trọng trong quá trình tiến hóa của loài người, đó là khả năng nấu chín thức ăn. Nhờ vậy, con người có thể ăn được nhiều loại thực phẩm mà trước đây không thể ăn sống.
Dẫn chứng trong bài:
「火の利用でその後の人類の進化に大きな影響を与えたのは、料理ができるようになったことであろう。」
Trong những tác động của việc sử dụng lửa đối với quá trình tiến hóa sau này của loài người, ảnh hưởng lớn nhất có lẽ là con người đã có thể nấu nướng thức ăn.
「当時、ヒトが食べられる食材の種類は非常に少なかったが、生で食べられないものを煮たり焼いたりすることで、次第にそれは増えていった。」
Vào thời điểm đó, số loại thực phẩm mà con người có thể ăn được rất ít, nhưng nhờ luộc hoặc nướng những thứ không thể ăn sống, số loại thực phẩm có thể ăn được đã dần tăng lên.
Như vậy, nhờ sử dụng lửa để chế biến thức ăn, con người đã mở rộng được số lượng và chủng loại thực phẩm có thể ăn được.
→ Đáp án đúng: 3. 食べられるものを増やすこと
①料理して食べることは、ヒトの身体に変化をもたらしたとして、筆者が挙げていることは何か。
Tác giả đã nêu ra sự thay đổi nào của cơ thể con người do việc nấu chín thức ăn mang lại?
1. 固い物を食べない分、骨が弱くなくなった。
Vì không ăn những thức ăn cứng nên xương không còn yếu nữa.
2. あごが大きくなって、声が出せるようになった。
Hàm trở nên lớn hơn và con người có thể phát ra tiếng nói.
3. 他の動物よりも脳が発達した。
Não bộ phát triển hơn so với các loài động vật khác.
4. 栄養がとりやすくなり、体が大きくなった。
Việc hấp thụ chất dinh dưỡng trở nên dễ dàng hơn và cơ thể phát triển to lớn hơn.
Tác giả giải thích rằng việc ăn thức ăn đã được nấu chín và làm mềm khiến con người không còn cần đến cơ hàm quá khỏe để nhai thức ăn cứng. Điều này tạo điều kiện cho hộp sọ phát triển lớn hơn, góp phần vào sự phát triển của não bộ và khả năng tư duy.
Dẫn chứng trong bài:
「一方、ヒトは、調理されて柔らかくなった食物を食べるようになり、歯やあごは小さく、食べ物をかむための筋肉は弱くなっていった。」
Mặt khác, con người bắt đầu ăn những thực phẩm đã được nấu chín và trở nên mềm hơn, khiến răng và hàm dần nhỏ lại, đồng thời các cơ dùng để nhai thức ăn cũng yếu đi.
「その反面、頭蓋骨は大きくなり、のどの発声器官も発達したと考えられている。」
Ngược lại, người ta cho rằng hộp sọ đã phát triển lớn hơn và các cơ quan phát âm ở cổ họng cũng phát triển.
「このように、人類は身体を発達させ、思考や言語を手に入れることができたのだ。」
Bằng cách đó, loài người đã phát triển cơ thể và có được khả năng tư duy cũng như ngôn ngữ.
Như vậy, theo cách giải thích của tác giả, việc ăn thức ăn nấu chín đã góp phần làm thay đổi cấu trúc cơ thể, tạo điều kiện cho hộp sọ phát triển lớn hơn và khả năng tư duy của con người tiến bộ. Đây là ý phù hợp nhất với đáp án 3.
→ Đáp án đúng: 3. 他の動物よりも脳が発達した。
①この方法とは、どんな方法か。
“Phương pháp này” được nhắc đến trong bài là phương pháp như thế nào?
1. 普通のお茶の葉っぱをオフィスに置いておく。
Để sẵn lá trà thông thường trong văn phòng.
2. 抹茶の粉を持ち歩く。
Mang theo bột matcha bên mình.
3. 茶道の作法を仕事仲間に教える。
Dạy các nghi thức trà đạo cho đồng nghiệp.
4. オフィスで気軽に抹茶を作って飲む。
Pha và thưởng thức matcha một cách thoải mái ngay tại văn phòng.
Tác giả cho biết mình muốn thưởng thức matcha một cách đơn giản và thoải mái hơn, thay vì phải tuân theo đầy đủ các nghi thức trà đạo truyền thống. Vì vậy, tác giả đã nghĩ ra cách để sẵn dụng cụ pha trà tại văn phòng và pha matcha uống trong giờ nghỉ.
Dẫn chứng trong bài:
「茶道の道具を、すべてオフィスの戸棚に置いておくのです。」
Tôi để tất cả dụng cụ trà đạo trong tủ ở văn phòng.
「職場でさっとお茶を点て、薄緑の魅力を仕事仲間と共有。」
Tôi nhanh chóng pha trà ngay tại nơi làm việc và cùng đồng nghiệp thưởng thức sức hấp dẫn của thứ trà có màu xanh nhạt ấy.
「お抹茶なら葉っぱを捨てたりしなくていいので便利だということに気づいてからは、この方法にはまっています。」
Kể từ khi nhận ra rằng dùng matcha rất tiện lợi vì không cần phải vứt bỏ bã lá trà, tôi đã trở nên rất yêu thích cách làm này.
Như vậy, 「この方法」 chỉ cách để sẵn dụng cụ pha trà tại văn phòng, rồi pha matcha và thưởng thức một cách đơn giản, thuận tiện ngay tại nơi làm việc.
→ Đáp án đúng: 4. オフィスで気軽に抹茶を作って飲む。
筆者が抹茶を楽しむうえで最も重視しているのは何か。
Điều mà tác giả coi trọng nhất khi thưởng thức matcha là gì?
1. 抹茶の味
Hương vị của matcha.
2. 自宅で飲むこと
Uống matcha tại nhà.
3. 非日常的な感覚
Cảm giác đặc biệt, khác với cuộc sống thường ngày.
4. けいこの通りにすること
Thực hiện đúng theo những gì đã học trong buổi luyện tập trà đạo.
Tác giả thừa nhận rằng trà đạo mang lại cảm giác đặc biệt và giúp tinh thần thư giãn, nhưng đồng thời cũng cho rằng các nghi thức trà đạo khá phiền phức. Vì vậy, tác giả muốn thưởng thức matcha một cách thoải mái hơn và đặc biệt coi trọng việc uống trà sao cho ngon.
Dẫn chứng trong bài:
「茶道の魅力は、茶室に流れる非日常的感覚だけではありません。お抹茶の色や味や香りだって、魅力の一つです。」
Sức hấp dẫn của trà đạo không chỉ nằm ở cảm giác khác biệt với cuộc sống thường ngày trong phòng trà. Màu sắc, hương vị và mùi thơm của matcha cũng là một trong những điểm hấp dẫn.
「このおいしい薄緑を、もっとカジュアルに楽しめないものか……。」
Liệu có cách nào để thưởng thức thứ trà xanh nhạt thơm ngon này một cách thoải mái, giản dị hơn không?
「お抹茶は飲み物なのですから、おいしく飲めることが大事に決まっていますよね。」
Vì matcha vốn là một loại đồ uống, nên điều quan trọng nhất đương nhiên là có thể thưởng thức nó một cách ngon miệng.
Như vậy, mặc dù tác giả yêu thích không khí đặc biệt của trà đạo, nhưng điều tác giả coi trọng nhất vẫn là hương vị của matcha và việc có thể thưởng thức trà một cách ngon miệng.
→ Đáp án đúng: 1. 抹茶の味
①その性質は何を指しているか。
“Tính chất đó” được nhắc đến trong bài chỉ điều gì?
1. 一つのことを表すのに、いくつも語が必要なこと
Việc cần nhiều từ để diễn đạt một điều.
2. 一つの表現に複数の意味が含まれていること
Việc một cách biểu đạt chứa nhiều ý nghĩa khác nhau.
3. 同じような意味を含む部分が複数あること
Việc có nhiều thành phần chứa những ý nghĩa tương tự nhau.
4. 文の一部がよく省略されること
Việc một phần của câu thường xuyên bị lược bỏ.
Tác giả giải thích rằng ngôn ngữ ký hiệu có đặc điểm là thông tin được thể hiện qua nhiều yếu tố chồng lên nhau. Nhờ đó, ngay cả khi một phần của cách biểu đạt bị thiếu, người xem vẫn có thể hiểu được toàn bộ nội dung.
Dẫn chứng trong bài:
「手話には、その語や文の特徴が何重にも織り込まれていて、一部分が欠けても全体を理解することができるという特徴があります。」
Trong ngôn ngữ ký hiệu, các đặc điểm của từ và câu được lồng ghép qua nhiều lớp, vì vậy ngay cả khi thiếu một phần, người ta vẫn có thể hiểu được toàn bộ nội dung.
「これを冗長性と言いますが、その性質のおかげで、両手による百パーセントの表現でなくても、見て分かるのです。」
Đặc điểm này được gọi là tính dư thừa thông tin. Nhờ tính chất đó, ngay cả khi không thể biểu đạt đầy đủ bằng cả hai tay, người xem vẫn có thể hiểu được.
Như vậy, 「その性質」 chỉ tính dư thừa thông tin trong ngôn ngữ ký hiệu, nghĩa là có nhiều thành phần cùng truyền tải những thông tin tương tự hoặc bổ trợ cho nhau. Vì vậy, dù thiếu một phần biểu đạt, người xem vẫn có thể hiểu được ý nghĩa chung.
→ Đáp án đúng: 3. 同じような意味を含む部分が複数あること
ろう者が、コミュニケーションの際に手を使えないときに、使わないものはどれか。
Khi người khiếm thính không thể sử dụng tay để giao tiếp, họ không sử dụng yếu tố nào sau đây?
1. 声
Giọng nói, âm thanh phát ra từ giọng nói.
2. くちびる
Môi.
3. 目
Mắt.
4. 顔の向き
Hướng của khuôn mặt.
Tác giả cho biết khi không thể sử dụng tay, người khiếm thính vẫn có thể giao tiếp thông qua các yếu tố khác như biểu cảm khuôn mặt, ánh mắt, hình dạng và chuyển động của miệng.
Dẫn chứng trong bài:
「ときには、片手すら使わず、表情だけで会話が進んでいくことがあります。」
Đôi khi, cuộc trò chuyện vẫn có thể tiếp diễn chỉ bằng biểu cảm khuôn mặt mà không cần sử dụng đến dù chỉ một tay.
「視線をチラリと向けるだけで『ほら、あの人/あそこ』と言ったり、ほっぺたの内側を舌でこすって『ウソだよ』と言ったりするなどです。」
Chỉ cần liếc mắt là có thể biểu đạt ý “Kìa, người đó/chỗ đó”, hoặc dùng lưỡi cọ vào mặt trong của má để diễn đạt ý “Nói dối đấy”.
「アゴを引いて眉を上げ、相手をじっと見ることで『ほんとに?/え?』と聞き返したり、(パ、パ)と口を開いてうなずくことで『終わった』と答えたりします。」
Bằng cách thu cằm lại, nhướng lông mày và nhìn chằm chằm vào đối phương, họ có thể hỏi lại “Thật sao?/Hả?”. Hoặc bằng cách mở miệng theo động tác “pa, pa” và gật đầu, họ có thể trả lời “Xong rồi”.
Như vậy, bài đọc đề cập đến việc sử dụng mắt, môi, biểu cảm và chuyển động của khuôn mặt để giao tiếp khi không thể dùng tay. Giọng nói không được sử dụng trong những cách giao tiếp mà tác giả mô tả.
→ Đáp án đúng: 1. 声
①見事は、何のことを言っているか。
Từ 「見事」 ở đây muốn nói đến điều gì?
1. ギャルと言われる女性達のファッションセンス
Gu thời trang của những cô gái trẻ được gọi là “gyaru”.
2. 黒の秋冬ファッションがおしゃれだったこと
Việc thời trang thu đông màu đen rất sành điệu.
3. 筆者が書いた記事が流行をつくったこと
Việc bài viết của tác giả đã tạo ra một xu hướng thời trang.
4. 筆者の予測が現実になったこと
Việc dự đoán của tác giả đã trở thành hiện thực.
Tác giả đã dự đoán rằng màu đen sẽ trở nên thịnh hành do tình hình kinh tế suy thoái. Thực tế, thời trang thu đông năm trước đã chứng kiến sự phổ biến mạnh mẽ của trang phục màu đen, đúng như dự đoán.
Dẫn chứng trong bài:
「私は昨年2月のこのコーナーで、『今年は不景気だから黒が流行る』と書きました」
Vào tháng 2 năm ngoái, tôi đã viết trong chuyên mục này rằng “Năm nay kinh tế suy thoái nên màu đen sẽ trở nên thịnh hành”.
「見事に昨秋冬ファッションは『黒』に占領されたくらいの勢いで流行していました。」
Quả đúng như dự đoán, màu đen đã trở nên thịnh hành mạnh mẽ trong thời trang thu đông năm ngoái, đến mức gần như chiếm lĩnh toàn bộ xu hướng.
Như vậy, 「見事」 nhấn mạnh rằng dự đoán trước đó của tác giả về sự thịnh hành của màu đen đã trở thành hiện thực.
→ Đáp án đúng: 4. 筆者の予測が現実になったこと
筆者は、今の景気はどうだと考えているか。
Theo tác giả, tình hình kinh tế hiện nay như thế nào?
1. 昨年ほど悪くない。
Không còn tồi tệ như năm ngoái.
2. 昨年より悪化している。
Đang trở nên tồi tệ hơn so với năm ngoái.
3. 昨年と同じぐらいである。
Gần như tương đương với năm ngoái.
4. 一番良かった時と同じくらいである。
Đã trở lại mức tương đương với thời kỳ kinh tế tốt đẹp nhất.
Tác giả cho rằng màu sắc trang phục có mối liên hệ với tình hình kinh tế. Khi kinh tế suy thoái, màu đen thường trở nên phổ biến. Ngược lại, khi tình hình kinh tế tốt hơn, tỷ lệ người mặc trang phục màu đen có xu hướng giảm.
Dẫn chứng trong bài:
「黒い服を着ている人の出現率が高い時は不景気であり、低い時は好景気であるというものです。」
Theo kết quả nghiên cứu, khi tỷ lệ người mặc trang phục màu đen cao thì kinh tế suy thoái, còn khi tỷ lệ này thấp thì kinh tế phát triển thuận lợi.
「実際に昨年の秋冬は心理的な不景気感のピークだったのではないでしょうか。」
Trên thực tế, mùa thu đông năm ngoái có lẽ là thời điểm mà cảm giác suy thoái kinh tế trong tâm lý mọi người lên đến đỉnh điểm.
「黒が減って白やベージュ、白地に花柄プリント等、黒ではない色が増えてきています。」
Trang phục màu đen đang giảm đi, trong khi các màu khác như trắng, be và họa tiết hoa trên nền trắng đang ngày càng xuất hiện nhiều hơn.
Như vậy, việc trang phục màu đen giảm đi và những màu sắc khác trở nên phổ biến cho thấy tác giả nhận định tình hình kinh tế hiện nay đã có dấu hiệu cải thiện so với năm ngoái, dù chưa thể kết luận rằng kinh tế đã hoàn toàn phục hồi.
→ Đáp án đúng: 1. 昨年ほど悪くない。
筆者は、「論争」とはどのようなものだと説明しているか。
Theo tác giả, “tranh luận” được giải thích là hoạt động như thế nào?
1. 反対意見を述べたり批判したりすること
Đưa ra ý kiến phản đối hoặc phê bình người khác.
2. 自分と意見の異なる人と理解し合うこと
Thấu hiểu lẫn nhau với những người có quan điểm khác mình.
3. 自分の意見を変えずに主張を続けること
Tiếp tục bảo vệ quan điểm của bản thân mà không thay đổi ý kiến.
4. 互いに理由を挙げて自分の意見を主張すること
Hai bên cùng đưa ra lý do, căn cứ để bảo vệ quan điểm của mình.
Tác giả cho rằng tranh luận không phải là quát mắng hay chỉ đơn thuần phản đối người khác, mà là quá trình mỗi bên trình bày quan điểm của mình và đưa ra những lý do, căn cứ để bảo vệ quan điểm đó.
Dẫn chứng trong bài:
「論争というのは相手を怒鳴りつけることではなくて、自分の議論を展開して、これこれしかじかの理由でこう考えるという主張をすることです。」
Tranh luận không phải là quát mắng đối phương, mà là triển khai lập luận của bản thân và trình bày rằng mình suy nghĩ như vậy vì những lý do cụ thể.
「反対側の人もそう言って、お互いに根拠を挙げて意見を戦わせる。」
Phía có quan điểm đối lập cũng trình bày lập luận của mình, hai bên cùng đưa ra căn cứ và tranh luận để bảo vệ ý kiến.
Như vậy, theo tác giả, bản chất của tranh luận là các bên cùng trình bày quan điểm và đưa ra lý do, căn cứ để bảo vệ lập luận của mình.
→ Đáp án đúng: 4. 互いに理由を挙げて自分の意見を主張すること
筆者は、日本の共同体の伝統にはどんな欠点があると言っているか。
Theo tác giả, truyền thống cộng đồng của Nhật Bản có nhược điểm gì?
1. 多数の意見が大きく取り上げられ、少数の意見が注目されない。
Ý kiến của đa số được đề cao, trong khi ý kiến của thiểu số không được chú ý.
2. 自分の立場をはっきりさせることは好まれず、あいまいな話しかしない。
Việc thể hiện rõ lập trường của bản thân không được ưa chuộng, nên mọi người chỉ nói những điều mơ hồ.
3. 同じ目標に向かうことが多く、異なる考えを認めない。
Mọi người thường cùng hướng đến một mục tiêu và không chấp nhận những quan điểm khác biệt.
4. ヨーロッパ社会の良いところを学んで吸収する姿勢がない。
Không có thái độ học hỏi và tiếp thu những điểm tốt của xã hội châu Âu.
Tác giả cho rằng truyền thống cộng đồng Nhật Bản có cả mặt tốt và mặt xấu. Mặt tốt là mọi người biết hợp tác, cùng hướng đến một mục tiêu chung. Tuy nhiên, mặt xấu là cộng đồng thường không chấp nhận những người có quan điểm khác biệt.
Dẫn chứng trong bài:
「みんなが協力して同じ目的を追求するために、自分だけを主張しないのはいいことでしょう。」
Việc mọi người hợp tác để theo đuổi cùng một mục tiêu và không chỉ khăng khăng bảo vệ ý kiến cá nhân là một điều tốt.
「他方では、どうしても意見の違う人が村八分にされる。意見の違う人を受け入れることがなかなかできない。」
Mặt khác, những người có quan điểm khác biệt thường bị cô lập khỏi cộng đồng. Mọi người rất khó chấp nhận những người có ý kiến không giống mình.
「それがもっと極端になると、意見を表明すること自体がそもそもあまり望ましくないということになります。」
Khi xu hướng đó trở nên cực đoan hơn, ngay cả việc bày tỏ ý kiến của bản thân cũng bị xem là điều không mấy được mong muốn.
Như vậy, nhược điểm mà tác giả nhấn mạnh là truyền thống cộng đồng Nhật Bản quá coi trọng sự đồng thuận và mục tiêu chung, dẫn đến việc khó chấp nhận những quan điểm khác biệt.
→ Đáp án đúng: 3. 同じ目標に向かうことが多く、異なる考えを認めない。
筆者が、怒りは健康に影響を与えると言っている理由は何か。
Tại sao tác giả cho rằng sự tức giận có ảnh hưởng đến sức khỏe?
1. 多くの人が注目しているから。
Vì có nhiều người đang quan tâm đến vấn đề này.
2. 実際の研究報告があるから。
Vì đã có những báo cáo nghiên cứu thực tế về vấn đề này.
3. 怒りやすい人の病気を自分で調べたから。
Vì tác giả đã tự mình nghiên cứu bệnh tật của những người dễ nổi giận.
4. 保険会社が医療費を出すようになったから。
Vì các công ty bảo hiểm đã bắt đầu chi trả chi phí y tế.
Tác giả cho rằng sự tức giận có thể ảnh hưởng đến sức khỏe dựa trên những kết quả nghiên cứu về mối liên hệ giữa cảm xúc tức giận và bệnh tim.
Dẫn chứng trong bài:
「怒りと心臓病の関係について検討した研究によれば、高血圧を伴う心臓病の患者には怒りやすい性格の人が多いという傾向があるそうだ。」
Theo một nghiên cứu về mối quan hệ giữa sự tức giận và bệnh tim, những bệnh nhân mắc bệnh tim kèm theo huyết áp cao thường có xu hướng là người dễ nổi giận.
「怒りという感情が神経や免疫システムに影響を与え、それが心臓病になるリスクを高めているのではないかという報告もある。」
Ngoài ra, cũng có báo cáo cho rằng cảm xúc tức giận có thể ảnh hưởng đến hệ thần kinh và hệ miễn dịch, từ đó làm tăng nguy cơ mắc bệnh tim.
Như vậy, tác giả đưa ra nhận định dựa trên những báo cáo nghiên cứu thực tế, chứ không chỉ dựa vào suy đoán cá nhân.
→ Đáp án đúng: 2. 実際の研究報告があるから。
筆者は、怒りと健康の関係が注目されるようになったのはなぜだと言っているか。
Theo tác giả, tại sao mối quan hệ giữa sự tức giận và sức khỏe lại bắt đầu được chú ý?
1. 病気を予防して医療費を抑えるのがよいと考える人が増えたから。
Vì ngày càng có nhiều người cho rằng nên phòng ngừa bệnh tật để giảm chi phí y tế.
2. 医師は患者の病気の原因を正確に理解する必要があるから。
Vì bác sĩ cần hiểu chính xác nguyên nhân gây bệnh của bệnh nhân.
3. 心臓病の治療のヒントが得られるから。
Vì có thể tìm được những gợi ý hữu ích cho việc điều trị bệnh tim.
4. 国や保険会社から研究のためのお金が出るから。
Vì chính phủ và các công ty bảo hiểm cung cấp kinh phí cho hoạt động nghiên cứu.
Tác giả cho rằng mối quan hệ giữa sự tức giận và sức khỏe bắt đầu được chú ý vì quan điểm của xã hội về bệnh tật đã thay đổi. Khi chi phí y tế ngày càng tăng, việc phòng ngừa bệnh tật trở nên quan trọng hơn.
Dẫn chứng trong bài:
「怒りと健康の関係が注目されるようになったのは、病気に対する社会の考え方が変わってきたからだろう。」
Mối quan hệ giữa sự tức giận và sức khỏe bắt đầu được chú ý có lẽ là do cách nhìn nhận của xã hội đối với bệnh tật đã thay đổi.
「患者個人だけではなく、国や保険会社が負担する医療費も増えてきたのだ。これを抑えるためには、病気を予防することが一番である。」
Không chỉ bệnh nhân mà cả chính phủ và các công ty bảo hiểm cũng đang phải gánh chịu chi phí y tế ngày càng tăng. Để hạn chế khoản chi phí này, điều quan trọng nhất là phòng ngừa bệnh tật.
「個人の性格や考え方の傾向といった心理的要因も健康に影響することがわかってきた。」
Người ta dần nhận ra rằng những yếu tố tâm lý như tính cách và xu hướng suy nghĩ của mỗi cá nhân cũng ảnh hưởng đến sức khỏe.
Như vậy, do chi phí y tế gia tăng, xã hội ngày càng chú trọng phòng ngừa bệnh tật. Khi các nghiên cứu cho thấy yếu tố tâm lý cũng ảnh hưởng đến sức khỏe, mối quan hệ giữa sự tức giận và sức khỏe bắt đầu được quan tâm nhiều hơn.
→ Đáp án đúng: 1. 病気を予防して医療費を抑えるのがよいと考える人が増えたから。
①受け身の姿勢とは、どのようなことか。
“Tư thế thụ động” được nhắc đến trong bài là như thế nào?
1. 再犯を防げないこと
Không thể ngăn chặn việc tái phạm.
2. 不良グループとの付き合いを許すこと
Cho phép các thiếu niên tiếp tục giao du với những nhóm bạn xấu.
3. 法律の問題点を変えようとしないこと
Không cố gắng thay đổi những vấn đề bất cập của pháp luật.
4. 相談や依頼がなければ、少年に関わろうとしないこと
Không chủ động tiếp xúc hay hỗ trợ thiếu niên nếu không có lời đề nghị hoặc yêu cầu tư vấn.
Trước đây, cảnh sát chủ yếu chỉ hỗ trợ khi các thiếu niên chủ động tìm đến để xin tư vấn hoặc nhờ giúp đỡ. Đây chính là cách tiếp cận thụ động mà bài đọc đề cập.
Dẫn chứng trong bài:
「各警察はこれまで、少年側から持ちかけられた場合は相談相手になるなどしていた」
Trước đây, cảnh sát tại các địa phương thường chỉ đóng vai trò người tư vấn khi phía thiếu niên chủ động tìm đến đề nghị giúp đỡ.
「今後は受け身の姿勢を改め、『出前型』と称して積極的に関係をもつよう方針転換する。」
Từ nay, cảnh sát sẽ thay đổi cách tiếp cận thụ động, chuyển sang phương thức được gọi là “chủ động tìm đến”, tích cực thiết lập mối quan hệ với các thiếu niên.
Như vậy, 「受け身の姿勢」 chỉ thái độ chờ đợi thiếu niên chủ động liên hệ hoặc yêu cầu giúp đỡ, thay vì cảnh sát tự tìm đến để hỗ trợ.
→ Đáp án đúng: 4. 相談や依頼がなければ、少年に関わろうとしないこと
再犯を防ぐために、警察が積極的に力を入れるようにしたことは何か。
Để ngăn chặn việc tái phạm, cảnh sát đã bắt đầu tích cực tập trung vào hoạt động nào?
1. 少年が学校を休まないように、行動を細かく管理すること
Quản lý chặt chẽ từng hành động của thiếu niên để các em không nghỉ học.
2. ボランティアの協力を得て、少年たちに職業訓練をすること
Nhờ sự hợp tác của các tình nguyện viên để tổ chức đào tạo nghề cho các thiếu niên.
3. みんなで少年を元気づけたり、少年の悩みを聞いたりすること
Mọi người cùng động viên tinh thần và lắng nghe những tâm sự, khó khăn của các thiếu niên.
4. 少年に、犯罪がいかによくないかを教えること
Giáo dục các thiếu niên về mức độ nghiêm trọng và tác hại của hành vi phạm tội.
Để ngăn chặn việc tái phạm, cảnh sát đã chuyển sang phương thức hỗ trợ chủ động, phối hợp với gia đình và các tình nguyện viên để thường xuyên liên hệ, động viên và lắng nghe những khó khăn của thiếu niên.
Dẫn chứng trong bài:
「保護者らの了解を前提に、所轄署の少年担当の警察官や地域のボランティアらが連絡をとる。」
Với sự đồng ý của phụ huynh, các cảnh sát phụ trách thiếu niên tại địa phương và những tình nguyện viên trong khu vực sẽ chủ động liên hệ với các em.
「電話やメール、家庭訪問などを通じて励まし、相談に乗るという。」
Họ sẽ động viên và tư vấn cho các thiếu niên thông qua điện thoại, email hoặc những chuyến thăm gia đình.
「ごみ清掃などのボランティア活動や老人ホームへの慰問にも誘う。」
Họ cũng mời các thiếu niên tham gia những hoạt động tình nguyện như dọn dẹp rác thải hoặc đến thăm hỏi, động viên người cao tuổi tại viện dưỡng lão.
Như vậy, cảnh sát không chỉ chờ các thiếu niên tìm đến xin giúp đỡ mà còn chủ động phối hợp với nhiều người để động viên, lắng nghe và hỗ trợ các em hòa nhập trở lại với cuộc sống.
→ Đáp án đúng: 3. みんなで少年を元気づけたり、少年の悩みを聞いたりすること
①あたかも文章がつながっているかのように感じているのはなぜか。
Tại sao chúng ta lại có cảm giác như thể các dòng văn bản được nối liền với nhau?
1. 眼が、文章がつながっていると勘違いするから。
Vì mắt nhầm tưởng rằng các dòng văn bản được nối liền với nhau.
2. 改行中は無意識に眼を閉じているから。
Vì khi chuyển dòng, chúng ta vô thức nhắm mắt lại.
3. 眼で見た文章を脳が映像にするから。
Vì não bộ chuyển những dòng chữ mà mắt nhìn thấy thành hình ảnh.
4. 眼が特殊な動きをするから。
Vì mắt thực hiện những chuyển động đặc biệt.
Tác giả giải thích rằng khi đọc sách, mắt thực hiện những chuyển động rất nhanh để chuyển từ cuối dòng này sang đầu dòng tiếp theo. Trong khoảng thời gian đó, chúng ta không nhìn thấy hình ảnh, nhưng não bộ vẫn tạo ra cảm giác các dòng chữ được nối liền với nhau.
Dẫn chứng trong bài:
「重要なことに、サッケード中、眼に入った映像は見ることができない。」
Điều quan trọng là trong lúc mắt thực hiện chuyển động saccade, chúng ta không thể nhìn thấy những hình ảnh đi vào mắt.
「サッケード中の映像だけ切り捨てられ、サッケード前後の映像がつなぎ合わされて見えているのだ。」
Chỉ những hình ảnh xuất hiện trong lúc mắt chuyển động saccade bị loại bỏ, còn những hình ảnh trước và sau chuyển động đó được nối lại với nhau để chúng ta nhìn thấy.
Như vậy, cảm giác các dòng văn bản liên tục xuất hiện là do hệ thống thị giác xử lý và kết nối các hình ảnh trước và sau khi mắt chuyển dòng. Trong các lựa chọn, đáp án 3 phù hợp nhất với cơ chế xử lý hình ảnh này.
→ Đáp án đúng: 3. 眼で見た文章を脳が映像にするから。
この文章の内容と合うものはどれか。
Lựa chọn nào sau đây phù hợp với nội dung bài đọc?
1. 文章を読むとき見えない部分があると、気分が悪くなる。
Khi đọc văn bản, nếu có những phần không nhìn thấy được thì sẽ cảm thấy khó chịu.
2. 文章を速く読むには、眼の動きも速くするとよい。
Để đọc văn bản nhanh, nên tăng tốc độ chuyển động của mắt.
3. 眼球運動には、一定の速さを保つ性質が見られる。
Chuyển động của mắt có đặc điểm là luôn duy trì một tốc độ nhất định.
4. 脳は、見なくてもいい情報を見ないようにしている。
Não bộ có cơ chế giúp chúng ta không nhìn thấy những thông tin không cần thiết.
Tác giả cho biết trong quá trình đọc sách, mắt có những chuyển động cực nhanh gọi là saccade. Những hình ảnh xuất hiện trong khoảng thời gian này không được chúng ta nhận biết, nhờ đó tránh được cảm giác khó chịu do hình ảnh thay đổi quá nhanh.
Dẫn chứng trong bài:
「もし見えたとしたら、あまりにも速い眼球の動きに、本を読む前に気も悪くなってしまうことだろう。」
Nếu thực sự nhìn thấy những hình ảnh đó, chuyển động quá nhanh của mắt có lẽ sẽ khiến chúng ta cảm thấy khó chịu ngay cả trước khi có thể đọc sách.
「サッケード中の映像だけ切り捨てられ、サッケード前後の映像がつなぎ合わされて見えているのだ。」
Chỉ những hình ảnh xuất hiện trong lúc mắt chuyển động saccade bị loại bỏ, còn những hình ảnh trước và sau chuyển động đó được nối lại với nhau để chúng ta nhìn thấy.
「つまり、眼に入った映像すべてが見えているわけではないのである。」
Nói cách khác, không phải tất cả những hình ảnh đi vào mắt đều được chúng ta nhìn thấy.
Như vậy, hệ thống thị giác không xử lý mọi hình ảnh đi vào mắt thành những gì chúng ta nhận biết. Những hình ảnh không cần thiết trong lúc mắt chuyển động quá nhanh được loại bỏ, giúp việc đọc diễn ra liên tục và ổn định.
→ Đáp án đúng: 4. 脳は、見なくてもいい情報を見ないようにしている。
①そうは何を指しているか。
→ Từ ①「そう」đề cập đến điều gì?
Việc đọc những cuốn sách hơi khó và cố gắng học được nhiều từ ngữ mà bản thân chưa biết.
2. 映画や演劇を見て自分を励ましたこと
Việc xem phim hoặc kịch để tự động viên bản thân.
3. 新しいことにチャレンジして、たくさんの経験をしたこと
Việc thử thách bản thân với những điều mới mẻ và tích lũy nhiều kinh nghiệm.
4. さまざまな資料を使って、徹底的に調べたこと
Việc sử dụng nhiều tài liệu khác nhau để tìm hiểu một cách kỹ lưỡng.
Dẫn chứng trong bài:
僕は常に空腹であるように言葉を求めて、その言葉を自分の中に入れ、そこから自分なりに考え、言葉によって自分を守るように生きてきた。
→ Tôi luôn khao khát ngôn từ như một người đang đói, tiếp nhận những ngôn từ ấy vào bản thân, từ đó suy nghĩ theo cách riêng của mình và sống bằng cách dùng ngôn từ để bảo vệ chính mình.
それは何も僕に言語のセンスがあったとか、頭が良かったとかいうわけではなく、わからないものは繰り返し読んできたからである。学生の時は、背伸びして色々なものに触れた。
→ Điều đó không phải vì tôi có năng khiếu ngôn ngữ hay thông minh, mà bởi vì tôi đã đọc đi đọc lại những gì mình chưa hiểu. Khi còn là học sinh, tôi đã cố gắng vượt quá khả năng hiện tại của bản thân để tiếp xúc với nhiều điều khác nhau.
Từ ①「そう」chỉ việc tác giả cố gắng đọc những nội dung vượt quá trình độ hiện tại, đọc lại những phần chưa hiểu và tiếp thu thêm ngôn từ để suy nghĩ, bảo vệ bản thân. Điều này phù hợp nhất với đáp án 1.
→ Đáp án đúng: 1. 少し難しい本を読んで、自分の知らない言葉をたくさん得ようとしたこと
筆者が考える「文化」の働きは何か。
→ Theo tác giả, vai trò của "văn hóa" là gì?
Làm cho xã hội loài người trở nên bình đẳng.
2. 経済を発展させること
Thúc đẩy sự phát triển kinh tế.
3. 学生に背伸びをさせること
Khiến học sinh cố gắng vượt quá khả năng hiện tại của bản thân.
4. 生きる力を与えること
Mang lại sức mạnh để tiếp tục sống.
Dẫn chứng trong bài:
家族も友人も学校も会社も助けにならない場合、しかしこの世界には、文化というものがある。
→ Ngay cả khi gia đình, bạn bè, trường học hay công ty đều không thể giúp đỡ, thì trên thế giới này vẫn còn một thứ gọi là văn hóa.
自分を強く揺さぶり、救ってくれるようなものに出会えた時、もう1回生きてみようと思うことは、確かにある。
→ Khi gặp được một tác phẩm có thể lay động mạnh mẽ tâm hồn và cứu rỗi bản thân, chắc chắn có những lúc con người sẽ nghĩ rằng mình muốn thử sống thêm một lần nữa.
Tác giả cho rằng văn hóa có thể cứu giúp con người ngay cả khi những người xung quanh không thể giúp đỡ. Những tác phẩm văn hóa có sức lay động mạnh mẽ có thể khơi dậy mong muốn tiếp tục sống ở những người đang tuyệt vọng.
→ Đáp án đúng: 4. 生きる力を与えること
①このような行為とは何か。
“Hành vi như vậy” được nhắc đến trong bài là hành vi gì?
1. 追いかけたり取っ組み合ったりすること
Đuổi bắt hoặc vật lộn với nhau.
2. 大きく口を開けて、相手に歯を見せること
Há miệng thật rộng và để đối phương nhìn thấy răng của mình.
3. 息を深く吸って、大声を出すこと
Hít một hơi thật sâu rồi phát ra tiếng lớn.
4. 相手を攻撃する意図を示すこと
Thể hiện ý định tấn công đối phương.
Tác giả giải thích rằng ở các loài linh trưởng, khi chơi đùa bằng cách đuổi bắt hoặc vật lộn, chúng đôi khi há miệng thật rộng và để đối phương nhìn thấy răng. Hành vi này thông thường thể hiện ý định tấn công, nhưng trong lúc chơi đùa lại mang ý nghĩa ngược lại.
Dẫn chứng trong bài:
「彼らは、追いかけたり取っ組み合ったりして遊んでいるときに、大きく口を開けて相手に歯を見せることがある。」
Khi chơi đùa bằng cách đuổi bắt hoặc vật lộn với nhau, các loài linh trưởng đôi khi há miệng thật rộng và để đối phương nhìn thấy răng của mình.
「このような行為は基本的に攻撃意図を示すが、遊んでいる状況では反対に、その意図がないことを示すメッセージになる。」
Hành vi như vậy về cơ bản thể hiện ý định tấn công, nhưng trong tình huống chơi đùa, ngược lại, nó trở thành tín hiệu cho thấy không có ý định tấn công.
Như vậy, 「このような行為」 chỉ hành động há miệng rộng và để lộ răng cho đối phương nhìn thấy.
→ Đáp án đúng: 2. 大きく口を開けて、相手に歯を見せること
筆者が言いたいことに合うものはどれか。
Lựa chọn nào sau đây phù hợp với điều tác giả muốn truyền đạt?
1. 人間が社会生活をするうえで、笑いは多くの役割を持ってきた。
Trong đời sống xã hội của con người, tiếng cười từ lâu đã đảm nhận nhiều vai trò khác nhau.
2. 言語が生まれる要因となったのは、笑い声である。
Tiếng cười là nguyên nhân dẫn đến sự ra đời của ngôn ngữ.
3. 人間の笑いと霊長類の笑いは役割が似ている。
Tiếng cười của con người và tiếng cười của các loài linh trưởng có vai trò tương tự nhau.
4. 笑いは人間だけのものではないという観点を持つべきである。
Chúng ta nên có quan điểm rằng tiếng cười không chỉ tồn tại ở con người.
Tác giả nhấn mạnh rằng tiếng cười của con người không chỉ là một phản ứng sinh lý hay tâm lý, mà còn mang nhiều ý nghĩa xã hội. Tiếng cười giúp thể hiện sự đồng cảm, tạo bầu không khí vui vẻ và đóng vai trò là một phương tiện giao tiếp giữa con người với nhau.
Dẫn chứng trong bài:
「しかし、人間の笑いは霊長類とは異なり、様々な社会的意味を持っている。」
Tuy nhiên, khác với tiếng cười của các loài linh trưởng, tiếng cười của con người mang nhiều ý nghĩa xã hội khác nhau.
「笑うことは相手への共感を示し、その場を明るい雰囲気にする。」
Việc cười thể hiện sự đồng cảm với đối phương và làm cho bầu không khí trở nên vui vẻ.
「現代と同じように人類の初期から笑いがコミュニケーションの道具として使われていたと考えると、その意見もおかしなものではないだろう。」
Nếu cho rằng ngay từ thời kỳ đầu của loài người, tiếng cười đã được sử dụng như một công cụ giao tiếp giống như ngày nay, thì ý kiến đó cũng không phải là vô lý.
Như vậy, tác giả muốn nhấn mạnh rằng tiếng cười từ lâu đã giữ nhiều vai trò quan trọng trong đời sống xã hội của con người, đặc biệt là trong việc giao tiếp, thể hiện sự đồng cảm và xây dựng mối quan hệ với người khác.
→ Đáp án đúng: 1. 人間が社会生活をするうえで、笑いは多くの役割を持ってきた。
①見やすくなった一番のポイントは何か。
Điểm quan trọng nhất giúp chữ trở nên dễ nhìn hơn là gì?
1. 文字の形
Hình dạng của chữ.
2. 文字のサイズ
Kích thước của chữ.
3. 文字の太さ
Độ đậm, độ dày của nét chữ.
4. 漢字の割合
Tỷ lệ chữ Hán trong văn bản.
Tác giả cho biết các tờ báo đã thay đổi kích thước chữ in cơ bản sang loại lớn hơn nhằm đáp ứng nhu cầu của những người cao tuổi, đặc biệt là những người cần sử dụng kính lão để đọc báo.
Dẫn chứng trong bài:
「2000年から2001年にかけて、全国紙として有名な新聞が、基本の活字を少し大きなものに変えました。」
Trong khoảng từ năm 2000 đến năm 2001, những tờ báo lớn nổi tiếng trên toàn quốc đã thay đổi kiểu chữ in cơ bản sang loại có kích thước lớn hơn một chút.
「その案内の記事では、これまでの活字と新しい活字を比較して、いかに見やすくなったかがしめされていて、わかりやすく納得できるものでした。」
Trong bài viết thông báo về sự thay đổi đó, người ta đã so sánh chữ in trước đây với chữ in mới để cho thấy mức độ dễ đọc đã được cải thiện như thế nào. Cách giải thích rất dễ hiểu và thuyết phục.
Như vậy, yếu tố quan trọng nhất giúp báo trở nên dễ đọc hơn chính là việc tăng kích thước chữ in, chứ không phải thay đổi hình dạng, độ đậm hay tỷ lệ chữ Hán.
→ Đáp án đúng: 2. 文字のサイズ
この文章によると、活字を大きくしたことによって、新聞と辞書はどのように変わったか。
Theo bài đọc, việc tăng kích thước chữ in đã khiến báo và từ điển thay đổi như thế nào?
1. 新聞も辞書も、サイズが大きくなった。
Cả báo và từ điển đều có kích thước lớn hơn.
2. 新聞も辞書も、内容が見直された。
Nội dung của cả báo và từ điển đều được xem xét, điều chỉnh lại.
3. 新聞はサイズが大きくなり、辞書は内容が見直された。
Báo có kích thước lớn hơn, còn nội dung từ điển được điều chỉnh lại.
4. 新聞は内容が見直され、辞書はサイズが大きくなった。
Nội dung báo được xem xét, điều chỉnh lại, còn kích thước từ điển được tăng lên.
Tác giả cho biết khi tăng kích thước chữ in, báo và từ điển đã có những cách điều chỉnh khác nhau.
Đối với báo, do kích thước trang giấy không thay đổi nên các tòa soạn phải giảm số lượng chữ và viết bài ngắn gọn hơn. Trong khi đó, từ điển vẫn giữ nguyên nội dung nhưng được xuất bản với khổ lớn hơn để người đọc dễ sử dụng.
Dẫn chứng trong bài:
「紙面の大きさは変えないわけだから、『文字が大きくなった分、文字数を減らさねばなりません。そこで、記事は要点をおさえ簡略化して適切化をはかる』というような説明になっていました。」
Vì kích thước trang báo không thay đổi nên khi chữ được in lớn hơn, số lượng chữ phải giảm xuống. Do đó, các bài báo sẽ được viết ngắn gọn hơn, tập trung vào những ý chính và điều chỉnh nội dung cho phù hợp.
「とくに辞書は同じ内容で同じデザインで大きな版のものが出て、老眼鏡なしでも利用できるとありがたがられています。」
Đặc biệt, từ điển được xuất bản với phiên bản khổ lớn hơn nhưng vẫn giữ nguyên nội dung và thiết kế, giúp người đọc có thể sử dụng mà không cần kính lão.
「ただサイズが大きくなった分、大きく重いという欠点もあります」
Tuy nhiên, do kích thước tăng lên nên từ điển cũng trở nên to và nặng hơn, đây là một nhược điểm.
Như vậy, báo giữ nguyên kích thước trang nhưng điều chỉnh nội dung để phù hợp với chữ lớn hơn, còn từ điển giữ nguyên nội dung và tăng kích thước cuốn sách.
→ Đáp án đúng: 4. 新聞は内容が見直され、辞書はサイズが大きくなった。
①皮膚感覚として動物がぼくの体に入ってきていたとは、どのようなことか。
Cụm từ “động vật đã đi vào cơ thể tôi như một cảm giác trên da” có ý nghĩa như thế nào?
1. 動物の様子をよく観察して記憶していた。
Quan sát kỹ và ghi nhớ hình dáng, đặc điểm cũng như trạng thái của động vật.
2. 動物の気持ちが皮膚を通じて伝わってきた。
Cảm xúc của động vật được truyền đến tác giả thông qua làn da.
3. 動物の皮膚の感じを絵にうまく表現できた。
Có thể thể hiện một cách khéo léo cảm giác về da của động vật trong tranh.
4. 皮膚の感覚が動物のように敏感になった。
Cảm giác trên da của tác giả trở nên nhạy bén giống như động vật.
Tác giả muốn diễn tả rằng nhờ thường xuyên tiếp xúc và quan sát động vật một cách tỉ mỉ, hình dáng, màu sắc và đặc điểm của chúng đã được ghi nhớ sâu sắc, trở thành cảm giác quen thuộc như một phần cơ thể mình.
Dẫn chứng trong bài:
「でも何度も何度も、目でなぞるように追っていた。」
Nhưng tôi đã nhiều lần dùng ánh mắt quan sát, dõi theo chúng như thể đang dùng mắt để vẽ.
「筆で絵を描くときのように、ぼくは動物たちをいろんな角度で観察し目で描いていた。」
Giống như khi dùng bút để vẽ tranh, tôi đã quan sát động vật từ nhiều góc độ khác nhau và dùng ánh mắt để vẽ chúng.
「そんな風にして動物と接し、皮膚感覚として動物がぼくの体に入ってきていた。」
Bằng cách tiếp xúc với động vật như vậy, những đặc điểm của chúng đã thấm sâu vào tôi, trở thành cảm giác tự nhiên như một phần cơ thể mình.
Như vậy, tác giả không thực sự cảm nhận động vật thông qua làn da, mà muốn nói rằng việc quan sát thường xuyên đã giúp ông ghi nhớ sâu sắc những đặc điểm của chúng.
→ Đáp án đúng: 1. 動物の様子をよく観察して記憶していた。
筆者が飼育係をしていたとき、動物の絵を描かなかった理由は何か。
Tại sao tác giả không vẽ tranh động vật khi còn làm nhân viên chăm sóc tại sở thú?
1. 飼育係の仕事が忙しくて、描く時間がなかったから。
Vì công việc chăm sóc động vật quá bận rộn nên không có thời gian vẽ tranh.
2. 描く対象をじっくりと観察する機会がなかったから。
Vì không có cơ hội quan sát kỹ đối tượng muốn vẽ.
3. 描く対象の観察を深めるだけで十分だったから。
Vì chỉ cần quan sát thật sâu và kỹ lưỡng đối tượng muốn vẽ là đã đủ.
4. 動物の絵を描くより、動物の世話をしたかったから。
Vì tác giả muốn chăm sóc động vật hơn là vẽ tranh về chúng.
Tác giả cho rằng việc thường xuyên quan sát động vật bằng mắt cũng chính là một cách học vẽ. Nhờ tiếp xúc và quan sát chúng từ nhiều góc độ, ông cảm thấy mình đã học được rất nhiều điều mà không nhất thiết phải trực tiếp cầm bút vẽ.
Dẫn chứng trong bài:
「筆で絵を描くときのように、ぼくは動物たちをいろんな角度で観察し目で描いていた。」
Giống như khi dùng bút để vẽ tranh, tôi đã quan sát động vật từ nhiều góc độ khác nhau và dùng ánh mắt để vẽ chúng.
「だから、描かなくてもよかった。」
Chính vì vậy, tôi không cần phải thực sự vẽ chúng ra giấy.
「描く時間がなくても気にならず、むしろ実際にスケッチして絵を描く以上に『絵の描き方』を学んでいると、感じていた。」
Ngay cả khi không có thời gian vẽ tranh, tôi cũng không bận tâm. Trái lại, tôi cảm thấy mình đang học được về “cách vẽ tranh” còn nhiều hơn cả việc trực tiếp phác họa và vẽ tranh.
Như vậy, đối với tác giả, việc quan sát động vật một cách sâu sắc đã mang lại hiệu quả học vẽ rất lớn, nên ông không cảm thấy cần phải trực tiếp vẽ chúng ra giấy.
→ Đáp án đúng: 3. 描く対象の観察を深めるだけで十分だったから。
この文章によると、老化をおさえることができるのは、次のどれか。
Theo bài đọc, cách nào sau đây có thể giúp làm chậm quá trình lão hóa?
1. 毎日ジョギングして、呼吸の量を増やす。
Chạy bộ mỗi ngày để tăng lượng hô hấp.
2. おなかがいっぱいになるまで食べない。
Không ăn cho đến khi bụng no căng.
3. 食事のあと、軽く運動する。
Vận động nhẹ sau bữa ăn.
4. なるべく酸素が濃い地域で暮らす。
Cố gắng sinh sống ở những khu vực có nồng độ oxy cao.
Tác giả cho rằng việc giảm lượng oxy mà cơ thể sử dụng có thể giúp hạn chế quá trình lão hóa. Một trong những ví dụ được đưa ra là ăn uống điều độ, không ăn quá no để hạn chế lượng calo hấp thụ.
Dẫn chứng trong bài:
「酸素の利用量が少ないと、老化もおさえられるようです。」
Có vẻ như khi lượng oxy được cơ thể sử dụng ít đi thì quá trình lão hóa cũng có thể được hạn chế.
「腹八分目でカロリー制限することで老化の進行が遅くなるというデータもあります。」
Cũng có dữ liệu cho thấy việc chỉ ăn no khoảng 80% và hạn chế lượng calo hấp thụ có thể làm chậm quá trình lão hóa.
Như vậy, theo nội dung bài đọc, việc không ăn quá no, chỉ ăn vừa đủ và hạn chế lượng calo hấp thụ có thể giúp làm chậm quá trình lão hóa.
→ Đáp án đúng: 2. おなかがいっぱいになるまで食べない。
筆者の考えに合うものはどれか。
Lựa chọn nào sau đây phù hợp với quan điểm của tác giả?
1. 酸素は、人間の寿命をのばすのに欠かせない。
Oxy là yếu tố không thể thiếu để kéo dài tuổi thọ của con người.
2. 酸素は、さまざまな病気の主な原因になっている。
Oxy là nguyên nhân chính gây ra nhiều loại bệnh khác nhau.
3. 酸素は、人間の体に欠かせないのに、マイナスの面もある。
Oxy tuy không thể thiếu đối với cơ thể con người nhưng cũng có những mặt tiêu cực.
4. 酸素は、「活性酸素」に変わることで、よい働きをする。
Khi chuyển thành “oxy hoạt tính”, oxy sẽ phát huy những tác dụng có lợi.
Tác giả nhấn mạnh tính hai mặt của oxy. Một mặt, oxy là yếu tố thiết yếu giúp con người duy trì sự sống. Mặt khác, oxy có thể chuyển thành oxy hoạt tính, một chất có độc tính mạnh và được cho là có liên quan đến quá trình lão hóa.
Dẫn chứng trong bài:
「酸素は私たちが生きていくために欠かせない大切なものです。」
Oxy là một yếu tố quan trọng không thể thiếu để chúng ta duy trì sự sống.
「ところがこの酸素は、じつは私たちのからだに害を与える毒でもあることは、あまり知られていません。」
Tuy nhiên, ít người biết rằng oxy thực ra cũng có thể là một chất độc gây hại cho cơ thể chúng ta.
「生きていくために酸素が必要なのですが、酸素を利用するために老化するのです。」
Chúng ta cần oxy để sống, nhưng chính quá trình sử dụng oxy lại khiến cơ thể bị lão hóa.
Như vậy, tác giả muốn nhấn mạnh rằng oxy vừa cần thiết cho sự sống, vừa có thể gây ra những tác động tiêu cực đối với cơ thể, đặc biệt là góp phần vào quá trình lão hóa.
→ Đáp án đúng: 3. 酸素は、人間の体に欠かせないのに、マイナスの面もある。
①そのバランスとは、何と何のバランスか。
Sự cân bằng được nhắc đến trong ①「そのバランス」là sự cân bằng giữa những yếu tố nào?
1. 人間の住む場所が増えることと、自然が減ること
Việc nơi sinh sống của con người tăng lên và thiên nhiên bị thu hẹp.
2. 自然が人間に恩恵を与えることと、人間が自然のために何かすること
Việc thiên nhiên mang lại lợi ích cho con người và con người làm điều gì đó vì thiên nhiên.
3. 人間が自然を利用することと、自然が維持されること
Việc con người khai thác, sử dụng thiên nhiên và việc thiên nhiên được duy trì, bảo tồn.
4. 人間が自然について学ぶことと、自然が破壊されること
Việc con người tìm hiểu về thiên nhiên và việc thiên nhiên bị phá hủy.
Dẫn chứng trong bài:
ある時代までは、人間による開発は自然にそれほど影響を与えていなかったと言える。しかし、18世紀以降の工業の発展により、人間が自らのために行う活動は、①そのバランスを大きく崩すようになった。
→ Cho đến một thời kỳ nhất định, có thể nói rằng sự phát triển do con người tạo ra chưa gây ảnh hưởng quá lớn đến thiên nhiên. Tuy nhiên, kể từ thế kỷ 18, cùng với sự phát triển của công nghiệp, các hoạt động mà con người thực hiện vì lợi ích của bản thân đã làm mất đi đáng kể sự cân bằng đó.
Trước đây, con người sử dụng và cải tạo thiên nhiên nhưng chưa gây ảnh hưởng quá lớn đến môi trường tự nhiên. Tuy nhiên, sự phát triển công nghiệp đã khiến các hoạt động khai thác của con người ngày càng tác động mạnh đến thiên nhiên, phá vỡ sự cân bằng giữa việc sử dụng tài nguyên và duy trì môi trường tự nhiên.
→ Đáp án đúng: 3. 人間が自然を利用することと、自然が維持されること
筆者は、自然を維持するために最も大事なことは何だと言っているか。
Theo tác giả, điều quan trọng nhất để duy trì và bảo vệ thiên nhiên là gì?
1. 自然破壊につながる生活をやめること
Ngừng lối sống dẫn đến việc phá hủy thiên nhiên.
2. 自然についての知識を広げ、深めること
Mở rộng và đào sâu kiến thức về thiên nhiên.
3. 人間以外の生物についてもっとよく知ること
Tìm hiểu kỹ hơn về các sinh vật khác ngoài con người.
4. 自然に対して控えめな姿勢を持つこと
Có thái độ khiêm nhường, không tự cao trước thiên nhiên.
Dẫn chứng trong bài:
ただし、知識さえあれば自然を維持できるというものではない。
→ Tuy nhiên, không phải cứ có kiến thức là có thể duy trì và bảo vệ được thiên nhiên.
確かに、知ることは環境保護の第一歩である。しかしながら、それだけで十分だと思わず、自然と謙虚に向き合うことが重要である。
→ Đúng là việc hiểu biết về thiên nhiên là bước đầu tiên trong công cuộc bảo vệ môi trường. Tuy nhiên, điều quan trọng là không nên cho rằng chỉ như vậy đã đủ, mà cần đối diện với thiên nhiên bằng thái độ khiêm nhường.
Tác giả thừa nhận rằng việc tìm hiểu thiên nhiên rất cần thiết, nhưng kiến thức không phải là yếu tố đủ để bảo vệ thiên nhiên. Điều quan trọng nhất là con người phải có thái độ khiêm nhường, nhận thức được giới hạn hiểu biết của mình và không cho rằng có thể kiểm soát hoàn toàn tự nhiên.
→ Đáp án đúng: 4. 自然に対して控えめな姿勢を持つこと
①このようなこととは、どんなことか。
Cụm từ ①「このようなこと」đề cập đến điều gì?
1. 作品が作られた正確な時代
Thời đại chính xác mà tác phẩm được tạo ra.
2. 作品を作った人の技術の程度
Trình độ kỹ thuật của người đã tạo ra tác phẩm.
3. 作品を作った人の意図
Ý đồ, dụng ý của người đã tạo ra tác phẩm.
4. 作品を持っていた人の身分の高さ
Địa vị xã hội cao của người từng sở hữu tác phẩm.
Dẫn chứng trong bài:
例えば、なぜその絵皿には雪の模様が描かれているのか。そこには作り手の気持ちが込められているはずである。
→ Chẳng hạn, tại sao trên chiếc đĩa trang trí ấy lại có hoa văn hình tuyết? Chắc hẳn trong đó có gửi gắm tâm tư của người tạo ra nó.
のちに、雪は吉兆を表すものだということを知った。
→ Sau này, tôi mới biết rằng tuyết là biểu tượng của điềm lành.
Tác giả muốn hiểu lý do người nghệ nhân lựa chọn những hoa văn cụ thể để trang trí tác phẩm. Ví dụ, hoa văn tuyết không chỉ mang tính thẩm mỹ mà còn thể hiện ý nghĩa tốt lành. Vì vậy, ①「このようなこと」đề cập đến việc hiểu được ý đồ và tâm tư mà người tạo ra tác phẩm muốn gửi gắm.
→ Đáp án đúng: 3. 作品を作った人の意図
筆者は、どういうことに満足できなくなったか。
→ Tác giả đã không còn cảm thấy thỏa mãn với điều gì?
Việc tưởng tượng cách các tác phẩm đã được sử dụng.
2. 作品に触れた人の気持ちを理解すること
Việc hiểu được tâm trạng của những người từng tiếp xúc với tác phẩm.
3. 作品が使われていた時代を調べること
Việc tìm hiểu về thời đại mà các tác phẩm từng được sử dụng.
4. 作品の改良すべき点を考えること
Việc suy nghĩ về những điểm cần cải tiến của tác phẩm.
Dẫn chứng trong bài:
何度も博物館に通ううちに、私は、展示品をただ鑑賞するだけではもの足りなくなってきた。
→ Sau nhiều lần đến bảo tàng, tôi dần cảm thấy rằng chỉ đơn thuần ngắm nhìn các hiện vật trưng bày thôi là chưa đủ.
①このようなことがわからないと、その時代にこの絵皿を使用していた人の気持ちまでは想像できないのだ。
→ Nếu không hiểu được những điều như vậy, tôi sẽ không thể hình dung được cả tâm trạng của những người từng sử dụng chiếc đĩa trang trí này vào thời đại đó.
Ban đầu, tác giả cảm thấy thích thú khi ngắm các hiện vật và tưởng tượng chúng từng được sử dụng như thế nào. Tuy nhiên, về sau, tác giả nhận ra rằng chỉ tưởng tượng cách sử dụng là chưa đủ mà còn muốn tìm hiểu ý nghĩa, dụng ý của người tạo ra tác phẩm để hiểu sâu hơn về tâm trạng của những người từng sử dụng chúng.
→ Đáp án đúng: 1. 作品の使われ方を想像すること
筆者は、商品を買ったとき店員に名前で呼ばれると、どのように感じると言っているか。
Tác giả cho rằng khi mua hàng và được nhân viên cửa hàng gọi bằng tên, bản thân sẽ cảm thấy như thế nào?
1. 上の人間から注意や指導を受けているように感じる。
Cảm thấy như đang bị người có địa vị cao hơn nhắc nhở hoặc chỉ bảo.
2. 店員が優しい人だと感じられる。
Cảm thấy nhân viên cửa hàng là một người tốt bụng.
3. 大切な客として特別な扱いを受けている感じがする。
Có cảm giác mình đang được đối xử đặc biệt như một khách hàng quan trọng.
4. 店員に対して友だちのような親しさを感じる。
Cảm thấy thân thiết với nhân viên cửa hàng như với một người bạn.
Dẫn chứng trong bài:
筆者はレジでクレジット払いをしたときに、「小林様、いつもお買い上げありがとうございます」と言われると、その店の上得意になったようで、ちょっと優越感を感じます。
→ Khi thanh toán bằng thẻ tín dụng tại quầy thu ngân, nếu được nói rằng "Quý khách Kobayashi, cảm ơn quý khách đã luôn mua hàng tại cửa hàng chúng tôi", tác giả cảm thấy như mình đã trở thành khách hàng quan trọng của cửa hàng và có chút cảm giác được ưu ái hơn người khác.
Khi được gọi bằng tên riêng và cảm ơn một cách trang trọng, tác giả cảm thấy mình được công nhận là khách hàng đặc biệt, được cửa hàng coi trọng. Điều này mang lại cảm giác tự hào và được đối xử ưu ái.
→ Đáp án đúng: 3. 大切な客として特別な扱いを受けている感じがする。
この文章で筆者が言いたいことは何か。
Điều tác giả muốn truyền đạt qua bài viết này là gì?
1. 店員と客が親しく接するのはいいことだ。
Việc nhân viên cửa hàng và khách hàng giao tiếp thân thiết với nhau là điều tốt.
2. 店の外では、一人の人間として同じ立場で接するべきだ。
Khi ở ngoài cửa hàng, hai bên nên giao tiếp với nhau trên vị thế bình đẳng như những cá nhân bình thường.
3. 店内で客を名前で呼ぶことは、個人のプライバシーの点で問題がある。
Việc gọi tên khách hàng trong cửa hàng có vấn đề liên quan đến quyền riêng tư cá nhân.
4. 名前で呼ばれることが、常にありがたいわけではない。
Việc được gọi bằng tên không phải lúc nào cũng là điều khiến người ta cảm thấy vui hoặc biết ơn.
Dẫn chứng trong bài:
しかし名前で呼びかけられて困ることもあります。
→ Tuy nhiên, cũng có những lúc tôi cảm thấy khó xử khi được gọi bằng tên.
平日の昼ごろ顔なじみの従業員が私を見つけると「あら~小林さん、こんな時間にどうしたの? 休み?」と声をかけてきます。
→ Khi một nhân viên quen mặt nhìn thấy tôi vào khoảng giữa trưa ngày thường, họ sẽ bắt chuyện: "Ồ, chị Kobayashi, sao giờ này chị lại ở đây? Chị được nghỉ à?"
せめて「小林さん、こんにちは」でやめて欲しいなぁと気弱に願い、平日の昼間はドキドキしながら店に行っています。
→ Tôi chỉ mong họ dừng lại ở câu "Chào chị Kobayashi" là đủ, và mỗi lần đến cửa hàng vào ban ngày trong tuần, tôi đều cảm thấy hồi hộp, lo lắng.
Tác giả cho rằng việc được gọi bằng tên có thể khiến khách hàng cảm thấy được tôn trọng và coi trọng. Tuy nhiên, nếu nhân viên quá thân mật hoặc hỏi những chuyện riêng tư, khách hàng có thể cảm thấy khó xử. Vì vậy, được gọi bằng tên không phải lúc nào cũng mang lại cảm giác dễ chịu.
→ Đáp án đúng: 4. 名前で呼ばれることが、常にありがたいわけではない。
①捕獲されやすくなるとあるが、何が何に捕獲されるのか。
Trong bài có câu ①「捕獲されやすくなる」(trở nên dễ bị bắt hơn), vậy sinh vật nào dễ bị sinh vật nào bắt?
1. ジョロウグモが、他の昆虫に
Nhện Jorō bị các loài côn trùng khác bắt.
2. 他の昆虫が、ジョロウグモに
Các loài côn trùng khác bị nhện Jorō bắt.
3. ズグロオニグモが、他の昆虫に
Nhện Zuguroonigumo bị các loài côn trùng khác bắt.
4. 他の昆虫が、ズグロオニグモに
Các loài côn trùng khác bị nhện Zuguroonigumo bắt.
Dẫn chứng trong bài:
ジョロウグモの巣の糸の黄色化の理由は、秋になって環境が紅葉化するための保護色の可能性が考えられます。
→ Có thể cho rằng lý do tơ của nhện Jorō chuyển sang màu vàng là để tạo màu ngụy trang khi môi trường xung quanh chuyển màu do lá cây đổi màu vào mùa thu.
つまり、クモの巣の色が周囲の色と似ていることで、昆虫が巣を認識できずに①捕獲されやすくなることを意味しています。
→ Nói cách khác, khi màu của mạng nhện giống với màu sắc xung quanh, các loài côn trùng sẽ không nhận ra mạng nhện và dễ bị bắt hơn.
Vào mùa thu, tơ của nhện Jorō chuyển sang màu vàng, giúp mạng nhện hòa lẫn với màu sắc môi trường xung quanh. Vì vậy, các loài côn trùng khó nhận ra mạng nhện và dễ bị nhện Jorō bắt hơn.
→ Đáp án đúng: 2. 他の昆虫が、ジョロウグモに
この文章の内容と合うものはどれか。
Nội dung nào sau đây phù hợp với bài đọc?
1. ジョロウグモの糸の色は、陽の光の強さによって変わる。
Màu sắc tơ của nhện Jorō thay đổi tùy theo cường độ ánh sáng mặt trời.
2. ズグロオニグモの糸の色は、季節と成長の時期によって変わる。
Màu sắc tơ của nhện Zuguroonigumo thay đổi tùy theo mùa và giai đoạn phát triển.
3. ジョロウグモとズグロオニグモは活動する時間が違うので、糸の色が違う。
Nhện Jorō và nhện Zuguroonigumo có thời gian hoạt động khác nhau nên màu sắc tơ của chúng cũng khác nhau.
4. ジョロウグモとズグロオニグモはえさとする昆虫が違うので、糸の色が違う。
Nhện Jorō và nhện Zuguroonigumo ăn các loài côn trùng khác nhau nên màu sắc tơ của chúng cũng khác nhau.
Dẫn chứng trong bài:
昼に活動するジョロウグモの巣は、いつも白いように思われます。
→ Mạng của loài nhện Jorō hoạt động vào ban ngày thường được cho là có màu trắng.
ジョロウグモが幼体から成体になるまでの春から夏にかけては白色を示しますが、秋に成熟するとはっきりと黄金色を示すことがわかりました。
→ Từ mùa xuân đến mùa hè, khi nhện Jorō phát triển từ con non thành con trưởng thành, tơ có màu trắng, nhưng khi trưởng thành vào mùa thu, tơ chuyển sang màu vàng óng rõ rệt.
一方、夜に活動するズグロオニグモの牽引糸を調べた結果、春から秋にかけてずっと白色のままでした。これは、夜に活動するズグロオニグモにとっては色が必要ないためと考えられます。
→ Mặt khác, kết quả nghiên cứu tơ của nhện Zuguroonigumo hoạt động vào ban đêm cho thấy tơ của chúng vẫn giữ màu trắng từ mùa xuân đến mùa thu. Điều này được cho là vì màu sắc không cần thiết đối với loài nhện hoạt động vào ban đêm.
Nhện Jorō hoạt động vào ban ngày, tơ chuyển sang màu vàng vào mùa thu để ngụy trang trong môi trường có lá cây đổi màu. Ngược lại, nhện Zuguroonigumo hoạt động vào ban đêm nên không cần thay đổi màu sắc tơ, vì vậy tơ của chúng vẫn có màu trắng. Sự khác biệt về thời gian hoạt động có liên quan đến sự khác biệt về màu sắc tơ của hai loài nhện.
→ Đáp án đúng: 3. ジョロウグモとズグロオニグモは活動する時間が違うので、糸の色が違う。
筆者は、文字の世界と口頭の世界について、何と言っているか。
Tác giả nhận xét như thế nào về thế giới chữ viết và thế giới ngôn ngữ nói?
1. 文字の世界は古くてわかりにくい言葉が多いが、口頭の世界はわかりやすい。
Thế giới chữ viết có nhiều từ ngữ cổ xưa, khó hiểu, trong khi thế giới ngôn ngữ nói lại dễ hiểu.
2. 文字の世界では理解できても、口頭の世界では理解できない場合がある。
Có những trường hợp dù có thể hiểu được trong thế giới chữ viết nhưng lại không thể hiểu được trong thế giới ngôn ngữ nói.
3. 文字の世界も口頭の世界も、知らない言葉を理解することは非常に難しい。
Trong cả thế giới chữ viết lẫn thế giới ngôn ngữ nói, việc hiểu những từ ngữ không biết đều vô cùng khó khăn.
4. 文字の世界ではわかる単語も、口頭の世界ではわかりにくくなる。
Ngay cả những từ ngữ có thể hiểu trong thế giới chữ viết cũng trở nên khó hiểu trong thế giới ngôn ngữ nói.
Dẫn chứng trong bài:
なぜ自分が九州の文書を読めるのだろうかと疑問がおこってきたのです。
→ Tôi bắt đầu thắc mắc tại sao mình lại có thể đọc được những văn bản của vùng Kyūshū.
もちろん単語ぐらいはわかるのですけれども、なぜこんなに楽しそうに話しているのかという文脈は、まったく理解できなかったのです。
→ Tất nhiên, tôi vẫn hiểu được một số từ riêng lẻ, nhưng hoàn toàn không thể hiểu được ngữ cảnh câu chuyện, chẳng hạn như tại sao họ lại nói chuyện vui vẻ đến vậy.
Tác giả có thể đọc hiểu các văn bản cổ ở nhiều vùng trên khắp Nhật Bản, kể cả Kyūshū. Tuy nhiên, khi nghe hai người cao tuổi ở Kagoshima trò chuyện, tác giả lại không hiểu được nội dung cuộc nói chuyện. Điều này cho thấy ngôn ngữ viết có tính thống nhất cao hơn, trong khi ngôn ngữ nói có sự khác biệt lớn giữa các vùng.
→ Đáp án đúng: 2. 文字の世界では理解できても、口頭の世界では理解できない場合がある。
①日本の社会はいまも決して均質ではないとは、どういうことか。
Câu ①「日本の社会はいまも決して均質ではない」(Xã hội Nhật Bản ngay cả hiện nay cũng hoàn toàn không đồng nhất) có nghĩa là gì?
1. 人々が話す言葉が異なるように、日本各地の生活文化が多彩であること
Cũng giống như ngôn ngữ mà mọi người sử dụng khác nhau, văn hóa sinh hoạt ở các vùng trên khắp Nhật Bản cũng rất đa dạng.
2. 日本各地で異なる言葉が話されるため、文化の交流が難しくなっていること
Do các vùng ở Nhật Bản sử dụng những ngôn ngữ khác nhau nên việc giao lưu văn hóa trở nên khó khăn.
3. 文字がないと、日本各地の文化を一つにまとめられないこと
Nếu không có chữ viết thì không thể thống nhất văn hóa của các vùng trên khắp Nhật Bản thành một thể.
4. 地方の言葉を学ばないと、日本社会は理解できないこと
Nếu không học ngôn ngữ địa phương thì không thể hiểu được xã hội Nhật Bản.
Dẫn chứng trong bài:
つまり日本の社会の場合、文字社会、文書の世界は非常に均質度が高い。これにたいして、無文字の社会、口頭の世界は、われわれが考えているよりもはるかに多様だということなのです。
→ Nói cách khác, trong xã hội Nhật Bản, thế giới chữ viết và văn bản có mức độ đồng nhất rất cao. Ngược lại, xã hội không dựa vào chữ viết, tức thế giới ngôn ngữ nói, lại đa dạng hơn rất nhiều so với những gì chúng ta tưởng tượng.
ですから均質な文字社会の表皮をはがしてしまうと、じつはきわめて多様な民俗社会が姿を現すということになる。
→ Vì vậy, nếu bóc đi lớp vỏ bên ngoài của xã hội chữ viết vốn có tính đồng nhất, ta sẽ thấy rằng thực chất bên dưới là những cộng đồng văn hóa dân gian vô cùng đa dạng.
Tác giả cho rằng mặc dù hệ thống chữ viết ở Nhật Bản có tính thống nhất cao, nhưng ngôn ngữ nói và văn hóa sinh hoạt thực tế lại rất đa dạng giữa các vùng. Sự đồng nhất về chữ viết chỉ là lớp vỏ bên ngoài, không phản ánh toàn bộ sự phong phú của xã hội Nhật Bản.
→ Đáp án đúng: 1. 人々が話す言葉が異なるように、日本各地の生活文化が多彩であること